最終色 未来に灯る色

 語り終えて、彼はニコリと笑う。

 もう、その笑顔もほとんど見えない。


「もうしばらくはここにいるから、今日みたいに不安になって、どうしようもなくなったら、また来い」

 優しく言う彼が、完全に消える。

 そこにはもう何もない。投げた帽子も、彼の笑顔も。


 私は涙を拭いて、彼を安心させるために叫んだ。

 届くかわからない。でも届くと信じて、私は自分の気持ちを声に出す。


「わ、私、正直今もどうすればいいかわからない。だけど、やってみる。生きてみるよ。やりたいこと、やり尽くす!絶対、後悔しないように生きる!」


 強い風が吹いた。思わず目を閉じる。

「頑張れよ」

 風に乗って、彼の言葉が聞こえた気がした。


♢♢♢


 先ほどまで会話を交わしていた彼が、消えた。

 私に希望を与えてくれた人が、消えた。


 試しに手を前に出してみたが、右手はむなしく空を切った。

 私は思わず頷いた。

 もう、彼がいないことを、とても寂しく感じた。


「ここにいるよ」

 頭上から、かすかに声が聞こえた。

 バッと空を見る。


 そこには、無数の星が輝いていた。

 私は長い時間、空に浮かぶ無数の輝きたちを眺めた。

 それから前を向き、歩き始める。


 前へ、進む。

 もう、迷いなんて微塵もなかった。


♢♢♢


 登ってきたときよりも軽く感じる扉を、そっと引いた。

 そこで思い止まり、一度扉を閉じて、私は体ごと振り向く。


「ありがとうございました」


 私は深々と頭を下げ、感謝を口にした。

 寂しさから溢れる涙を拭い、顔を上げる。


 彼がどこかで、ニコリと笑った気がした。

 それからもう一度ノブに手をかけ、扉を開く。


♢♢♢


 階段を降りる足取りは、少しだけ軽かった。

 私は深く息を吸う。とても、すっきりしていた。


 これからも、世界がモノクロのように感じることがあるかもしれない。

 でも、必ずいつかは、色が灯っていく。


 私の歩く先に、まだ見ぬ美しい景色が待っている。

 そう思えただけで、生きていくには十分だった。

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