第十色 色のない叫びと、果てなき後悔

「俺さ、これでもずっと後悔してることがあるんだ」

 彼はそう切り出し、語り出した。

 彼が受けた屈辱を。

 彼が、私に希望を与えてくれた理由を。


 彼は生前、クラスでいじめに遭っていた。


 初めこそは、文房具が消えるほどの些細なものだった。


 次第にそれがエスカレートし、クラス全員からのシカトや、数々の暴行に発展していった。


 彼は、ずっと戦ってきた。


 ものを捨てられる怒りと。

 殴られ、蹴られ、階段から突き落とされる痛みと。

 池に顔を沈められる恐怖と。

 誰にも口を聞いてもらえない孤独と。


 ずっと、ただ一人で戦ってきた。

 誰にも相談しなかった。心配させたくなくて、迷惑をかけたくなくて、悲しませたくなくて。


 こんなにもつらい目にあった人が、他人のために自分の気持ちを抑えてきた。


 ある日、限界が来た。

 きっかけは特にない。

 でも、当たり前のことだと思う。


 どれだけ大きな器でも、水を注ぎ続ければ、いつかは溢れるように。

 早かれ遅かれ、誰にだって、糸が切れる瞬間は来る。


 ここの屋上を選んだ理由は特にないらしい。

 フラフラとあてもなく歩いていたら、なんとなく目に映っただけのようだ。

 そしてそのまま吸い込まれるように、階段を上り、飛び降りたそうだ。


 彼は死んだあと、とても後悔した。


 なぜ、飛び降りたのか。

 なぜ、誰にも相談しなかったのか。

 なぜ、いじめられることに甘んじて、自分から行動を起こさなかったのか。

 なぜ、他人のために、自分を犠牲にして生きてきたのか。

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。


 悔やんでも、悔やみきれない。

 いくら願っても、いくら夢見ても、時間は戻らない。


 そんなとき、彼と同い年ぐらいの女の子が、屋上に来た。

 彼と同じように、飛び降りようとしている。


 そのとき、彼は思わず話しかけた。

「ね、ねえ……」

 どうせ聞こえない。

 そう思ったけど、声をかけずにはいられなかった。

 結果、予想に反して彼女は彼に振り向いた。


 それからだ。彼が私のような人に声をかけるようになったのは。

 自分に似た人を救うたび、彼の後悔が払拭されていくように感じた。


 霊感の有無は関係ない。

 精神的に追い詰められた人は、常人よりも感覚が鋭敏になり、その結果霊が見えるようになるらしい。


 そのため、彼の言葉に希望を取り戻し、精神的に安定してくると、彼の姿が見えなくなってしまう。

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