第二色 黒色の帽子と無感情の声

「なにしてんの?お前」


 後ろから突然、何の前触れもなく声が響く。反射的に振り返ろうとしてバランスを崩し、危うく自分の意思と関係なく落ちるところだった。

 なんとか堪え、後方を確認する。

 先ほどまで確かに誰もいなかったはずなのに、十メートルほど後ろに人影があった。


 暗くて顔が見えない。

「……あなた、誰?」

 私の言葉を意にも介さず、彼はこちらにゆっくりと歩み寄る。

 不思議と恐怖は感じない。


 よく見えないが、なぜか男だと直感する。

 彼は帽子をかぶっていた。その下から、うっすらと顔が見える。少し口角が上がっている。


「こんなところで、何をしようとしているの?」

 彼は先ほどと同じ質問をする。


「どうして、そんなことを聞くんですか?」

 彼は私を無視し、口を開く。


「君、名前は?」

 雨が私たちを包んでいる。そういえば彼は傘をさしていない。私もだけど。


「白百合縁利」

 心の中で驚きの声を上げる。なぜ、私は今、自分から名乗ったのだろう?


「何年生?」

「中学三年」

まただ。口が勝手に動く。でも、無理やり喋らされているような感覚ではない。なんだか、私自身が望んでいるかのようだった。


「君は今、なにをしようとしていたんだい?」

彼は何度目かの質問を、私に投げかける。


 また、私の口が一人でに開く。

「ここから、飛び降りようとしていました」

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