第7話 追撃の影

 地上の飛行場――「アスラ・ガーディアン」を自称する自警隊の拠点。プレハブとコンクリートが雑然と混在する簡素な司令室では、張り詰めていた空気が一瞬だけ緩んだ。

「機影、レーダー圏外へ。……管制からの通達通り、システム異常によるコース逸脱で間違いなさそうですな」

 オペレーターの一人が、湿った額の汗を拭いながら安堵の息をつく。

「やれやれ、未登録機が封鎖空域を通過したなどと……一時はどうなることかと」  誰もが胸をなでおろした、その時だった。司令室の扉が乱暴に蹴り開けられ、怒声が空気を切り裂いた。

「貴様ら、何をしているか! このまま他惑星の往還機を見逃すつもりか!」

 アスラ・ガーディアン司令官ジャマル・シンが、血走った目で飛び込んできた。  大昔の軍隊における高級士官の礼装を模したとおぼしき、金モールのついた派手な軍服。その腰には、権威の象徴として磨き上げられた大型リボルバーが、これ見よがしに吊るされている。

 突然の蛮声に、オペレーターたちは凍り付いたように直立した。

「し、しかし司令、あれはハッキングによる事故で……」

「事故だと? 愚か者が!」

 ジャマルは唾を飛ばして部下に詰め寄る。

「あれは我々を試すための挑発行為だ! このまま見過ごせば、我々の沽券に関わる!」

 封鎖を強行して以来、目立った成果は何一つない。住民たちも当初の恐怖を忘れ、冷静さを取り戻しつつある今、自警隊の存在意義に疑問を抱く者まで出始めていた。このままでは、自身の「王国」の権威が失墜する。ジャマルにとってこの迷い込んだ「事故機」は、自らの力を誇示し、恐怖による支配を再確認するための、まさに天佑だったのだ。

 彼は功名心に目をぎらつかせ、部下の制止も聞かずに叫んだ。

「スクランブルだ! 全機発進! 奴らを追跡し、拿捕しろ! 抵抗するなら撃ち落としても構わん!」

「正気ですか、司令! 相手は事故機、しかも他惑星の往還機ですよ! それを攻撃するなんて、外交問題どころか……!」

 待機室から駆けつけた飛行隊長、ダレス・バンカーが必死に抗議するが、その言葉はジャマルの耳には届かない。

「黙れ! これは命令だ!」

 ジャマルは腰のホルスターから大型リボルバーを引き抜き、銃口をダレスの眉間に向けた。

「聞けぬと言うなら、敵への内通と見なし、この場で即決処分とする!」

 撃鉄が上がる乾いた音が、司令室の静寂に響く。

 司令官の狂気に、現場は絶望的な混乱に包まれた。逆らえばこの場で「処分」され、従えば国際法違反の犯罪者。パイロットたちは、最悪の二択を喉元に突きつけられる形で、それぞれのヘルメットを力なく小脇に抱えた。

 その頃、軌道上のカーディナルCICでは、ミナコ・サトウがモニター群を鋭く注視し、投下作戦の最終段階を指揮していた。

 イチカ・ナイトウが緊張を孕んだ声で報告する。

「自警隊基地、レーダー反応は静穏。偽装工作、成功したようです!」

「そうね。でも、油断は禁物よ。引き続き監視を続けなさい」

 アミラ・ノエルが冷静に補足し、ミナコは小さく頷いた。

 大気圏内を滑空するメープルリーフは、投下目標ポイントへの進入コースに乗っていた。眼下には、エメラルドグリーンに輝くアスラ湾が広がっている。かつて山々が海に沈んで生まれた沈降湾特有の複雑な海岸線。断崖絶壁の岬や、原生林が生い茂る小さな入り江が、まるで神が描いた巨大な絵画のように無数に連なっていた。

 ギムリー・アリソンが操縦桿を握りしめ、口元を歪める。

「どうやら、俺たちのダイコン役者ぶりも通用したみたいだな! さあ、ショータイムのクライマックスだ!」

「ダン、高度、速度、最終チェック!」

 ギムリーの声が鋭く響く。

「データ、クリア! 投下目標、誤差範囲内!」

 ダン・ヴァンキッシュの冷静な確認に、ギムリーは深く息を吸い込み、全身の神経を指先に集中させた。

「いくぞ……ここだ!」

 目標地点の手前で、ギムリーは操縦桿を一気に引き起こした。

 機体がゴッと重い唸りを上げ、RIFエンジンの凄まじい推力が機首を強引に天頂へと持ち上げる。自らの進行方向へ貨物を放り投げることで、目標上空を通過するリスクを回避しつつ飛距離を稼ぐ、高難度の爆撃機動だ。完璧な放物線を描いて駆け上がる機体のGが、二人をシートに深く押し付ける。

 放物線の頂点に達するコンマ数秒前、慣性と重力、そして大気の流れを計算し尽くしたタイミングで、ダンの指がリリーススイッチを弾いた。

「ペイロード、リリース!」

 機体後部、エンジンの間に位置する重厚な装甲外板が左右にスライドし、内部の多目的カーゴブロックのハッチが展開する。

 ガコン、という重金属のロック解除音と共に、演習用ダミーコンテナに偽装された医療ユニットが、振り子の要領で船外へとスイングした。

 機体の急上昇による遠心力と、アームによる射出速度が加わり、コンテナはメープルリーフから放り出されるように空高く舞い上がる。

「投下完了! 目標にドンピシャだぜ!」

 機体が反転離脱する中、ギムリーが快哉を叫んだ。

 カーゴは最高点で一瞬の静止を見せた後、重力に引かれて落下を開始。小型の逆噴射スラスターが断続的に火を噴いて姿勢と降下速度を微調整し、やがて後部から巨大なパラシュートが花のように開いた。白い傘がエリスの青い空に鮮やかに映え、カーゴは衝撃を巧みに殺しながら、目標水域へと正確に吸い込まれていく。

「ああ、完璧な投下だ!」

 ダンが珍しく声を弾ませた。

「ミナコ、聞いたか!? 俺たちの『事故』、バッチリ決まったぜ!」

 カーディナルのCICで、ミナコがクールに頷く。

「確認。管制には『誤落下』を報告済みよ。RX-12号機の罪状リストに、また一つ項目が追加ね」

 湾では、偽装漁船が落下予測地点へ向かいつつ、船底の隠しハッチから回収用の水中ドローンを発進させていた。ワクチンを搭載したカーゴは、数々の偽装と「事故」の連鎖により、ついにアスラ湾へと届けられたのだ。

 その穏やかな光景とは裏腹に、地上のアスモ・アウトポストでは、狂気が現実のものとなって動き出していた。

 簡素な滑走路に、旧世紀の遺物のようなジェットエンジンが、不機嫌な咆哮を轟かせる。リサイクル燃料特有の黒煙交じりの排気が熱波と共に吐き出され、陽炎の向こうで、数機の可変翼戦闘機が鈍色の機体を震わせていた。

 コクピットの中、パイロットたちの表情は仮面のように硬い。

 スロットルレバーに置かれた手は、微かに震えていた。それは恐怖だけではない。これから犯そうとしている行為への躊躇いと、逃げ場のない命令への絶望が、彼らの指先を重くしていたのだ。

「……クソッ!」

 一番機を駆るダレスが、諦めと憤怒を込めてバイザーを叩き下ろす。彼は自分自身を殺すように、震える手でスロットルを力任せに押し込んだ。

 アフターバーナーが汚れた炎を噴き、轟音と共に機体が滑走を始める。アスラの穏やかな大地を無慈悲に蹴りつけ、鉛色の翼が重々しく空を切り裂いた。

 彼らが目指すのは一つ――空の彼方に消えた純白の侵入者。

 最新鋭のRIFエンジンが生み出す蒼炎とは対照的な、濁った排気煙を曳きながら、殺意の編隊が上昇していく。作戦の真のクライマックスは、まさにこれから始まろうとしていた。

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