第5話 因果応報ショー

 カーディナルのCIC(戦闘指揮所)では、ミナコ・サトウの指が、まるでダンスを踊るかのようにキーボード上を滑っていた。RX-12からの稚拙なアクセスは、メープルリーフに搭載された対電子戦用ダミーシステムによって瞬時にブロックされ、それどころか、その通信経路を逆探知するための解析プログラムが、すでに獲物を追い詰める猟犬のように放たれていた。

「……解析完了。使用されているプログラムは、星系共用の民間ナビゲーションシステムの脆弱性を突いて、対象の公開データをモニタリングするだけの代物ね。機体制御への干渉機能(キル・コード)すら組み込まれていない。ハッカーの腕も、ドがつく素人だわ」

 ミナコのモニターには、ハッカーの身元情報が瞬く間に表示される。オービタルガードは宇宙空間での公安業務を担う組織であり、各自治政府の公安局とは緊密なデータリンクで結ばれている。そこから照会された個人情報ファイルには、彼の過去の軽犯罪歴や、サイバー犯罪の捜査対象者としての記録が、まるで不名誉な勲章のようにずらりと並んでいた。

「イチロー・ナカノ……自称『真実の伝道師』にして『情報戦のプロフェッショナル』、ねぇ」

 ミナコはサブモニターに、当の本人が現在進行形で配信している映像を呼び出した。

 そこには、薄暗い空間で、安物のサイバーゴーグルを額に上げ、得意げに喚く男の姿が映っていた。

「どうだ見たか! エリス政府の隠蔽を暴く時が来たぜ! ワクチンは毒だ! 俺様の華麗なハッキングで、奴らの最新鋭試作機を乗っ取ってやる!」

「面白いわね。この馬鹿げたハッキング、シナリオに利用させてもらうわ」

 ミナコの氷のように冷たい声に、隣で固唾を飲んで見守っていたイチカ・ナイトウが、目を丸くして振り返った。

「ミナコさん、まさか……!?」

「そのまさかよ」

 ミナコは、その整った唇の端に不敵な笑みを浮かべ、メープルリーフへの通信回線を開く。

「計画変更。RX-12からのハッキングを逆用して、メープルリーフのシステムに『本物の異常』が発生したかのように演出するわ。航路をアスラ開拓地区の封鎖空域へ意図的にずらし、貨物投下を『ハッキングによる制御不能事故』に見せかけるの。あのデマ屋がすべての原因という、完璧な筋書きの完成よ」

 通信の向こうから、ギムリーの楽しそうな笑い声が響く。

「ハハ、マジかよ! あの大バカ野郎が、結果的に俺たちの極秘作戦に協力してくれるって寸法か? そいつは最高のギャグだぜ!」

 ダンの冷静な声にも、わずかな笑みが混じる。

「デマの拡散に加えて、航空機への威力業務妨害。ミナコ、あんた、容赦ないな」 「当然よ。大気圏突入中の機体への電子妨害は、問答無用でテロ行為と見なされる。それに、パニックの扇動者の一人でもあるわ。彼はもう、ただの愉快犯じゃない。立派な重罪人よ」

 ミナコはモニターに映る男の顔に視線を戻す。

「自分の愚かな行いの始末は、きっちりとつけてもらいましょう」

 その頃、エリス北半球。首都アシュマル、かつての星系中枢を象徴する統合行政庁舎、通称「バベルの塔」を望む郊外の中流居住区。

 どこにでもある規格化された集合住宅の一室で、RX-12ことイチロー・ナカノは、額に脂汗を滲ませ、ホログラム・コンソールを叩く指を高揚感に震わせていた。  配信画面上では、背景に黒い遮光カーテンやシーツを乱雑に吊るし、ジャンクパーツで組んだサーバー風のLED照明を配置することで、さも「地下深くの秘密アジト」から放送しているかのような演出を施している。だが、カメラの画角を一歩外れれば、そこには脱ぎ捨てられた衣服や、飲みかけの合成飲料パックが散乱する、ただの生活感あふれる6畳間が広がっていた。

 彼はアングラサイトで手に入れた「どんな軍事機密も覗ける」という触れ込みの違法ハッキングツールを起動し、一攫千金と名声を手にする夢を見ていたのだ。 「どうだ! 俺が政府の最新鋭試作機にダイレクトリンクを仕掛けてやったぜ! これでエリスのインチキは白日の下に晒される!」

 宙に浮くコメント表示ウィンドウは、「RX-12、神!」「政府をぶっ潰せ!」といった熱狂的な賞賛で埋め尽くされ、投げ銭を意味するエフェクトが花火のように炸裂している。

 だが、次の瞬間。

 彼の手元にある民生用の安価なホログラム・プロジェクターが赤く染まり、今まで見たこともない警告ウィンドウがいくつもポップアップした。

 <WARNING: CRITICAL NAVIGATION ERROR>

 <対象機体の航路が大幅に逸脱。原因:外部からの不正アクセス>

 <EMERGENCY: CARGO LOCK UNSTABLE - FALLING HAZARD>

 RX-12の顔から、さっと血の気が引いた。

「な、なんだこれ!? バグか!? いや、違う……俺のハッキングが、完璧すぎただけなんだ!」

 コメント欄の雰囲気は一変する。

「おい、やばいぞ!」「マジで機体を乗っ取ったのか!?」「ガチで墜落させる気か!?」「トンキー(RX-12の愛称)、もうやめとけって!」「通報した」  狼狽したRX-12が、裏返った声で叫ぶ。

「ち、違うんだ! 俺はただ、政府の陰謀ネタで再生数を稼ぎたかっただけで……こんな……墜落させるつもりじゃ……!」

 その悲痛な叫びも虚しく、モニターに最後の、そして決定的な警告が表示された。

 <本件、テロ対策特別措置法に基づきテロ行為と認定。関連当局へ自動通報完了。位置情報を送信中>

 彼の顔が絶望で青ざめる。道化師の仮面が音を立てて剥がれ落ちた瞬間だった。 「マジか……やべえ、撤収だ!」

 彼は配信を強制的に中断し、慌てて偽装用の黒シーツを引き剥がすと、ハードディスクをバッグに詰め込んで玄関へ走る。

 だが、そのドアが、重く、無慈悲なノックの音を立てた。ドンドンドン! という衝撃が、薄い壁を震わせる。

「イチロー・ナカノ! エリス公安局だ! 航空法違反および偽計業務妨害、テロ行為扇動の容疑で通報があった。直ちにドアを開けろ! 拒否するなら、実力で突入する!」

 窓の外では、すでに複数台のパトロール・ドローンの赤色灯が、アシュマルの夜を騒々しく照らしていた。

 RX-12は、その場にへなへなと崩れ落ちた。

 カーディナルのCICでは、イチカが必死に笑いを堪え、肩を震わせていた。

「見事です、ミナコさん。相手のハッキングを利用して、作戦の隠れ蓑にするだけでなく、自警隊の目まで欺くなんて……!」

「相手が勝手に罪を被って、舞台装置になってくれただけよ」

 ミナコは冷たい目で通信を繋ぐ。

「ギムリー、ダン、筋書きは理解したわね? これより予定通り、航路を封鎖地区へ変更。大気圏へ突入する。メープルリーフの名のごとく、軽快に、そして華麗に舞ってちょうだい」

「了解、ミナコさん! 観客を魅了する、最高の『事故』を演じてやるさ!」

 メープルリーフはミナコの指示通り、滑らかに機首を下げ、正規ルートから外れるようにして、航路を南大陸・アスラ開拓地区上空へと変更した。

 機体はエリスの薄い大気層へ鋭角に突入し、凄まじい摩擦熱によって断熱圧縮された空気がプラズマと化す。機体全体が真紅の炎(ヒート・シース)に包まれ、夜空に一筋の、あまりにも鮮やかな白い光の尾を残しながら、地上へと降下していく。  完璧に計算された『事故』の、幕が上がった。

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