09輪.チェリディアの車窓から

09輪.チェリディアの車窓から

 「城下町へ行くには蒸気機関車が一番」というサンの案内で、一行はガタゴト揺られながら国の中心を目指している。

 心地よい振動にイブキは眠気を誘われたが、それは急ブレーキに阻まれた。


「なっ、何!?」


 喧しいブレーキ音にイブキは跳ね上がる。


「んー、どうやらベゼが出たみたい」


 サンが車窓から半身を乗り出し、前方を覗いている。


「大変!逃げないと」


 アムとイブキは目を見合わせた。

 アムの真っ黒な瞳が揺れている。

 アムが暗に「何とか退けられるか」とイブキに訴えかけているのだ。

 イブキは自分の掌に視線を落とし、試しに雷のイデアを手に纏おうとする。

 しかし花羽が無いせいか、あれだけ使いこなしていた雷が発生しないのだ。


「いや、大丈夫。ちょっと待ってて」


 サンは自分の後ろで繰り広げられる展開に目もくれず、窓枠に足を掛けて一目散に外に飛び出していく。


「サン!?」


 アムとイブキがサンの姿を追って窓の外を見る。

 サンは軽い足取りで列車前方へ駆けていく。

 アムもサンと同じように窓から飛び出したので、イブキも後を追いかけた。

 完全停止した黒い列車の横を数m程走ると、サンとアムの後ろ姿が見えた。


「魔禍が近いからさー、よく出るんだよね」


 軽くそう言ってのけるサンの目線の先には、大人の人間ほどはあろうサイズの蜘蛛が、先頭列車の上に乗り掛かっていた。

 イデアを使えないイブキはアムと共にその場に呆然と立ち尽くし、巨大蜘蛛を眺める。

 イブキは握り拳に力を込めるが、仮にイデアが使えてもこんな街中では更に混乱を招いてしまう。

 一か八か、肉弾戦に持ち込んでみようかとイブキは巨大蜘蛛の方を見る。

 しかし、一歩前にいるサンが2人を制止するように右腕を広げた。


「少し下がっててね」


 くるりと振り返って微笑みを浮かべたサンは、踵を返しスタスタと蜘蛛の方に向かっていく。


「ちょっと、サン!危ない……」


 アムがそう言いかけた時、サンはポケットから何かを取り出すと蜘蛛に向けた。

 イブキはそれが銃のように見えた。

 そしてその銃から、眩しい程のエネルギーが蜘蛛に向かって射出される。

 そのエネルギーが当たった蜘蛛の半身は真っ赤に焼け焦げ灰と化し、残りの半分は列車の傍に力無く臥せた。


「へへっ、これすごいでしょう!」


 得意気に銃を顔の近くに構えて振り返る無邪気な少年の笑顔に、アムとイブキは顔を引き攣らせながら乾いた笑みで応えた。

 

 

 列車は再び何事もなかったかのように動き始めた。

 数分もすれば遠くに火山が見え、煙がもくもくと上がっている。

 空気中には灰が舞っていて、口の中がザリザリしてくる。

 家が多く建ち並んでいるが、町の中は川が流れ、山に囲われていて、自然と調和した美しい国だ。

 

「この国は平和なんだ。花御子が一度来たくらいで、あとは何も。まぁ、さっきみたいに魔禍が近いおかげでベゼはやってくるけど。それもすぐに追い返せるし」

 

 サンは頬杖をついて窓から外を眺めている。

 

「ねぇ、さっきのあれは?」


 アムが興味津々に身を乗り出してサンに詰め寄る。

 サンはズボンのポケットから、至って普通の見た目の小銃を取り出し、愛おしそうに撫でた。

 

「あぁ、これ?ノアが作る武器だよ。どんな原理かは分からないけど、すごい技術だよね」

 

「ノア?」

 

 イブキが聞き馴染みのない単語に首を捻ったので、アムがすかさず助け舟を出した。

 

「別名、移動する武装科学集団。拠点を持たず、各地に武器を分け与えては花御子やベゼに対抗できる武器を配り歩いている集団のことだよ。まぁ僕も名前しか聞いたことないんだけどね」


 アムは一息で説明して、気まずそうに頬をかいた。

 

「そうそう。でも、偶然にも数年前にチェリディアに来てさ。びっくりしたなぁ。地面の中から現われたんだから」


「『地面から』?」


 イブキの頭の中はクエスチョンマークで満たされていた。

 一体どんな集団なんだろうか。

 恵殿にいた時はそんな名前、一度も聞いたことがなかった。

 地上の情勢に詳しいウキヨや、耳の良い花御子が把握していても良いはずなのに。

 

「まさに、神出鬼没ってやつだね」


「あ、そろそろ城が見えてくるよ」


 イブキのそんな思念は、目の前に広がる美しい景色に吹き飛ばされた。

 

「わぁ……!」

 

 白を基調とする城は空高くそびえ建ち、余計な装飾のない質素な見た目だが、大きなステンドグラスが見る人の心を奪う。

 蒸気機関車がゆっくりと止まる。ここが終点らしく、他の乗客が続々降りていく。

 イブキ達もサンの後をついて降りていく。


「さて、お嬢さん方。きっと楽しいひと時にしてみせるので、僕についてきてくださいね」


 くるりと振り返ったサンは、慣れた様子で2人にウインクを仕掛けた。

 その動作を見て、アムとイブキは互いに目を合わせてはにかんだように笑った。

 

 

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