08輪.ようこそチェリディア王国へ


 「さて、次は何しようかな~。久しぶりにあの骨董品屋に行こうか、それとも古本屋……。あぁ、でもあのお菓子の味も懐かしいし……」

 

 少年は、足をぶらつかせながら悩ましげに次の目的地を決めている。

 イブキは一刻も早くアムと合流したかった。この少年といるとなぜか居心地が悪いのだ。

 しかし助けて貰った手前、あんまり素っ気なく接するのも失礼だと思い、彼の事をもっと知ろうとした。


「サンは、ずっとこの町に住んでるの?」

 

「うん。この国に生まれて、ずっと出たことがないんだ」


「飽きないの?」

 

「ぜーんぜん!だって、僕ここが好きだから!」

 

 思わず食い気味に返事したイブキだったが、サンは弾けんばかりの笑顔を浮かべ大きく両手を広げた。

 胸を張ってそう答えるサンが、イブキにはとても眩しかった。

 

 イブキは恵殿が好きではない。

 一面花畑で良い香りに包まれた幻想的な世界。この地上のどこよりも美しい場所だという自覚はある。

 しかし、花姫が大好きな美しいものだけがいることを許される、排他的な場所。

 このピラトの町は、お世辞にも恵殿より景観が優れているとはいえないが、外から来たイブキを排除しない温かみがある。

 

「それは……良いことだね」

 

 「……?」

 

 イブキは微笑んで返す。

 その愁いを帯びた表情にサンは戸惑った。

 

「あ~~~!こんなとこにいた!探したんだよ!!!」

 

 聞き覚えのある声が広場に響く。

 そこには息を切らし、肩で息をするアムがイブキを指さして立っていた。

 口のへの字にして、ずかずかと大股でイブキの元にやってくる。

 

「おっと、もう来ちゃったのか」

 

 サンは少し残念そうに言う。

 イブキの隣に座る見慣れない少年を見て、アムは怪訝な顔を浮かべる。

 

「ん?君、誰?」

 

「僕は、サンだよ。よろしく」

 

「そっか。僕はアム。よろしく!」

 

 サンが立ち上がって、太陽のような笑顔を浮かべてアムに握手を求める。

 アムは自分より少し背の高いサンを見上げて、笑顔で握手に応じた。

 友好的な性格同士馬が合いそうだなと、イブキがサンを見ると目がバッチリ合った。

 

「そういえば、お姉さんの名前は?聞いてなかったや」

 

「私は、イブキ」


 その輝く瞳に全てが白日の下に晒されそうで、イブキはドギマギした。

 

「イブキかぁ、素敵な名前だね」

 

 サンが笑ったので、イブキも安心して微笑みを返す。

 その仲睦まじげな様子に、アムは置いて行かれた気持ちになったのか会話に割って入る。

 

「えっと、二人はどういうご関係で?」


「あぁ、アムが私とはぐれたからここで一緒に待ってたの」

 

「僕が!?イブキがじゃなくて?」

 

 アムが心外だとイブキを見る。

 イブキはツンとした態度で、大して悪びれた素振りもなく、ましてや冗談を言っている雰囲気にも見えない。

 

「道の真ん中で困り果ててるイブキを僕がここまで連れてきたんだ」


 アムとイブキの間に険悪な雰囲気が漂うのを感じて、サンが助け船を出す。

 アムが納得した様子で頷く。

 

「確かにここは開けてるし、市場を真っ直ぐ進んだらここにたどり着くもんね」

 

 少年はへへっと得意げに笑った。

 無意味にここに連れてきたわけではなかったのだとイブキは密かに感心していた。


「でも、急にいなくなったからびっくりして何も買えなかったよ。何軒か可愛い洋服見かけたのに……」


「だったら僕が案内しようか」


 肩を落として分かりやすくしょげ返るアムに、サンが提案する。

 

「え?」


「そうだな。服ならこの通りにもいいのが沢山あるけど、城の近くの方がもっと店は多いし、他にも色々あって買い物するには楽しいと思うよ」

 

 サンが腕組みをして、街並みの記憶を辿っている。

 アムはイブキと目を合わせる。

 いくら各地を旅してきたアムといえども、現地に住んでいる人に勝る案内はない。

 それに、イブキも任せるといった様子で頷いたので、アムはサンに向き直った。

 

「じゃあ、せっかくだからお願いしてもいいかな」

 

「もちろん!せっかくのお祭りを僕も楽しみたいから。ようこそチェリディア王国へ」

 

 サンは、大袈裟に右腕を振りあげて恭しくお辞儀をする。

 小さな港町で生まれ育ったにしては、洗練されたその動作に二人は目を奪われた。

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