07輪.初めてのアイス

07.初めてのアイス


「ねぇ、イブキ。あのお店素敵じゃない?何と言うか、若者向けで……ってあれ?」

 

 アムが振り返るとそこには誰もいなかった。

 

「いぶき……?」

 

 アムのつぶやきは雑踏の中へ消えた。



――――――――――――――――――――――――

 


「んー!おーいしー!」

 サンとイブキは広場のベンチに腰掛けて、アイスを食べている。

 人混みの通りを抜けると、だだっ広い広場に出てきた。

 ここも出店が並び、踊り子や道化がパフォーマンスをして、行き交う人々が足を止めては目を奪われている。

 その賑やかしを遠目に、2人は木陰のベンチに座り、涼んでいる。

 まだ夏を迎えてはいないが、ずっと陽の下にいるとじっとり汗ばむ季節だった。

 イブキは横でアイスを堪能するサンに反して、じっと見つめることに徹していた。

 見つめられたアイスはまるで汗をかいているように、雫を垂らしている。

 イブキは今まで、花御子が生きる為に必要な最低限度の水しか飲んだことがないので、手に握ったピンク色のアイスというものが毒に見えて仕方がないのだ。

 

「ちょちょちょ、溶けてる!お姉さん、アイス溶けてるよ!はやく食べて?!」

 

 サンは無残に溶けていくアイスのイブキを交互に見てうろたえる。

 イブキは恐る恐る口に含む。

 

「……!」

 

 初めて味わう甘み。イブキの脳内に衝撃が駆け巡る。

 

「イチゴ味、おいしいよね。僕にも一口ちょうだい」

 

 目を丸くして味わうイブキを見て、サンは優しく微笑みを浮かべ、イブキのアイスをスプーンで掬う。

 そして、お返しにと自分のバニラアイスをイブキの口元に持って行く。

 イブキは口を開きそれを迎え入れる。これもイブキの好みの味だった。


「そういえば、お姉さんどこから来たの?」

 

「え?」

 

「いや、こんな田舎町に珍しいなって。見たことない服きてるし」

 

 少年はアイスを頬張りながら、イブキを見つめる。まるで品定めされているようだ。

 

「別に……。遠いところからだよ。誰も知らないところ」

 

「ふぅん……。何しにきたの?」

 

「え?」

 

 イブキはうろたえる。次々矢継ぎ早に来る質問にうまく答えられない。

 そもそも地上ではどういう会話が普通なのだろうか。

 一人で勝手に焦るイブキをよそに、少年は自分で言葉を続ける。

 

「やっぱり“幻の姫”を見るため?」

 

「う、うん!そう」

 

「やっぱりかぁ~!」

 

 サンは天を仰ぐ。

 “幻の姫”など聞いた事も無かったが、せっかく目の前にぶら下がった偽の目的にイブキは飛びついて同調した。

 

「今日町の賑わいもすごいもんなぁ。いつもの倍はあるもん」

 

「いつもはこうじゃないんだ」

 

「残念ながら。毎日こうだったらいいんだけど。普段はほとんど人がいない、寂れた市場なんだ」

 

「へぇ」

 

「でもさ、今まで全く姿を見せたことがない姫が即位して、そんなに嬉しいかね」


 サンが下唇を突き出して、不満全開と言った様子で抗議する。

 

「姿を見せたことがない?」

 

「そう。おかしいでしょ?生まれて16年間、一度も民衆に姿をさらしたことがない幻のオヒメサマ」


 だから“幻の姫”か。とイブキは内心納得していたが、口に出すとサンにこの国に来た目的が嘘だったとバレてしまうので、あえて触れなかった。

 

「でも、王様だとかがいるんでしょ?」

 

「ううん、いないんだ。この国にはずっと王様もお妃様も。姫が生まれた直後の厄災で。だから、ずっとこの国は大臣達が支えてる」

 

 花御子が直接的に関わっていなくても、大変な国もあるもんだとイブキはアイスを舐めながらしみじみ思った。

 

「全く情けないよなー、ずっと引きこもって国のことは大臣達にお任せって」

 

「……そんなこと無いと思うけどな」

 

「どうして?」

 

 サンの疑うような顔にイブキはドキリとする。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。

しかし、あまりにもじっとサンが太陽のような瞳で見つめてくるので、イブキは耐えきれなくなり続きを話す。

 

「だって、まだ顔も見たことのない姫のために町中の人がこんなに集まって、楽しそうに待ってる。これって、それだけ姫に期待してるって事だと思うんだけど」

 

「……期待、ねぇ」

 

「うん」

 

「まぁ、僕が姫の立場だったら国民に合わせる顔がないね。一体どんな面して出てくるのやら」


 首を横に振り、大げさに呆れた様子を見せる。

 イブキは花姫よりもひどい姫はいないだろうという謎の自信を持っていたので、正直な所あまりサンの気持ちに同感はできていなかった。

 それよりも、茶色の円錐の中にアイスが残っていてそれを、どう食べるかが気になっていた。


「……それ、コーンも食べれるんだよ」


 サンの一声で、イブキは包装紙ごとコーンを噛み砕き、そのまま飲み込んだ。

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