第19話 ニャムのことばかり考える雪女
世界が終わったような心地だった。
ニャムがいない。計画書がない。未来が見通せない。いや、もともとあたし自身が見通していたわけではないんだけど。
あたしにも見通せること。それは、お先は真っ暗だってこと。
「最近勉強頑張ってるみたいだから、ご褒美にケーキを買ってきてあげたよ〜」
コンコンコンと扉をノックして、返事を待たずに扉を開けたお母さんが、ルンルンと弾む声で話しかけてきた。その声はどんどんと困惑の色に染まっていく。
「感謝しなさ……どうした? 自分の頭の悪さに絶望した、とか?」
もう少し優しい言葉をかけてくれてもいいのに。
お母さんなら、そう言う言葉を口に出せるはずなのに。
なんでこんな時に限って、そんなに意地悪な言い方をするんだろう。
ううん、違う。きっと、あたしの心がお母さんの言い方を意地悪だとしか思えないくらい弱っているんだ。
ニャムがいなくなっちゃったから。
「熱でもある? おでこ触らせて。……って、冷たっ! まるで雪女!」
ひどい、と思う。でも、言い返す気力はない。
「知恵熱は聞いたことあるけど……。知恵で冷えることもあるのね。ふーん。とりあえず、何か温かい飲み物を持ってきてあげるからさ。寝っ転がって、布団かぶってなさい。ケーキは……早く食べたほうがいいけど、今食べなきゃダメってものでもないし。元気な時に食べたほうが美味しいだろうから、冷蔵庫にしまっておくね」
あたしは返事をせずに、のそのそとベッドに体を横たえて、頭の先まで布団をかぶった。
「返事もできないほどに調子悪いの? まぁ、そんなにキンとしてちゃそうか。じゃあ、待っててね。すぐ持ってくるから」
お母さんは、本当にすぐ戻ってきた。
トレーの上にはちょっとだけぬるいココアが入ったマグカップ。それと、水筒に入れたあったかい紅茶と、スティックシュガーとコーヒーミルク。サラダせんべいにグミ、ラムネまである。
ココアだけでいいのに、どうしてあれこれ添えられてるんだろう、と、ぼーっとしている頭で考えてみる。ぼーっとしているからか、答えは出ない。
「何がいいかわかんないから、いろいろ持ってきた。熱があるならレモンかな、と思うんだけど、熱はなさそうだからミルクティー? とかいろいろ考えたらこうなった。全部飲んで食べろとか使えってわけじゃないから。飲めそうなものとか食べられそうなものをどうぞ」
なるほど、お母さんなりの優しさみたい。
ああ、あたしも最近似たようなことをしたな、と思う。
ニャムにあれこれ渡したなって。
どれも口をつけてもらえなくてしょんぼりしたな、とも。
「じゃあ、なんかあったら呼んで。わかった?」
「……うん」
ゆっくり扉が閉まる。
あたしは扉の前から離れたくなさそうな、心配いっぱいの足音を聞きながら、お母さんをこれ以上しょんぼりさせないように何か食べようと思った。
「ニャム、おせんべい食べる?」
当たり前のように口にして、自分で自分を傷つけた。
ニャムと一緒のおやつの味を知ってしまったら、一人でたべるおやつは……とっても寂しい。
ちびちびとおせんべいを食べて、ココアを飲んだ。ぽいぽいとグミを口に放り込んで、ブラックのままの紅茶に口をつける。せっかくもらった優しさだもんってスティックシュガーとコーヒーミルクを入れて、冷たいジュースを飲むみたいに、熱さを感じ忘れてぐびぐび飲んだ。
飲んでも食べても、体が熱をもつ感覚はなかった。
ガクガクブルブル震えないから、寒いってわけでもないと思うんだけど……。
恐る恐る自分で自分の体に触れてみた。お母さんが雪女と表現したのが的確だと思うくらい、確かに冷たかった。
あたし、人生の計画書を失って、これから死ぬのかもしれない。
そんなことを本気で考えるくらい、冷たかった。
このまま死んじゃうんだとしたら。
あたしはさいごに何をしたい?
自分で自分に問いかけてみる。
やり残したことはなんだろう。
たくさんありすぎて、自分のことのはずなのによくわからない。
でも、これだけははっきりしている。
ニャムに会いたい。
ニャムに〝会えてよかった〟って伝えたい。
ニャムがいたせいで困ったことがたくさんあった。
でも、ニャムがいてくれたから楽しめたこともたくさんあった。
普通は、計画書の化身とは会えない。
あたしは会えた。
それは、困ったことと比べたら、ちょこっとだけかもしれないけれど、幸せだと思えることだ。
「ニャムぅ。もう一度、姿を見せてよ。抱っこさせてよ」
『ニャハ〜』
ニャムが美味しいものを食べて満足している時に出す、かわいい声が聞こえた気がした。
あたしはいつの間にか寝てしまっていたみたい。瞼を閉じているせいで、目の前は真っ暗。だから、ニャムを見たくて瞼を開こうとした。
だけど、すぐには瞼を開けられなかった。
ニャムがいない世界が続いているかもしれない。聞こえたのは幻かもしれない。そんな考えがキンと冷えた頭の中に渦巻いて、あたしの瞼を動かなくしたから。
『ニャコ……』
あたしがしょんぼりしているときにニャムが出す、心配がいっぱいで、しょんぼりがうつったみたいな声が聞こえた気がした。
『ニャコ、ニャコ……ニャコ!』
これは幻なんかじゃない。きっと、ニャムが帰ってきてくれたんだ!
あたしは、頭の中に居る、ニャムの声を幻だと思い込もうとするあたしを追い払って、あたしが信じたい世界を頭の中に広げた。
それから、とにかくニャムに会いたい一心で重たい瞼を開いた。
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