第18話 元気でいてほしい


 あたしはニャムの看病をすることにした。

 といっても、計画書の化身とやらの看病の仕方なんてさっぱりわからない。

 いろんな食べ物や飲み物をこっそりと少しずつニャムのもとへ運んでは、食べられるかどうか聞いてみた。

 でも、ニャムはそのどれもに首を振った。

 ネコ型のくせに人間と同じものを飲み食いしていたからかもしれないと思って、お母さんのチョコを買いに行ったときに、ネコ用のおやつをこっそり買ってきたりもした。

 でも、それも食べてはくれなかった。

 あたしには、熱くなった頭や体を濡れたタオルで冷やしてあげながら、ただそばにいて、早く元気になりますようにと願うことしかできなかった。

 机の上にバスタオルをたたんでおいて、その上にほかほかのニャムを寝かせて、ニャムをちらちらと見ながら宿題をする。

 宿題だけだとそんなに時間がかからないから、部屋にこもっていても怪しまれない口実を作るためにって、本屋さんでドリルを買ってきて、宿題が終わってもひたすら勉強をしたりもした。

 お母さんからは、

「あの激ウマチョコを食べても反応薄いし、急に勉強しだすし。いったいどうしたの? 急に行きたい中学でも見つけた? 誰か受験するの? 同じところに行きたいとか? どこ? 塾に行ったりはしなくていいの?」

 と、よく質問攻めにされる。

 そのたびにあたしは、

「学生が勉強しちゃダメなの⁉」と言い返して、部屋にこもる。

 本当は、勉強なんてしたくない。

 ニャムとおやつを取り合ったり、他愛のない話をしたりしたいだけ。

 でも、もしかしたらこれも全部計画の内なのかもしれない、と思うと、複雑な気持ちになる。

 あたし、いったいどんな計画をしたんだろう。

 出会った化身を病気にさせて、看病をきっかけに勉強して、いい大学に入る……とか、そんなことを計画していたりするのかな。

 ニャムが苦しんでいるのは、あたしの計画のせいなのかな。

 不必要にニャムを苦しませていたりしないかな。

 あたしがきちんと計画をしなかった部分が、ニャムを苦しませていたりするのかな。


 ニャムの調子が全然戻らないから、あたしはニャムを置いて学校へ行くようになった。

 あたしにはわかる。あたしの心には今、ぽっかりと穴が開いている。

「はぁ~」

 堪えられなかったため息をついて、あたしは机に突っ伏した。

「奈子ぉ、どうした? おつかれ?」

 琉花の声が聞こえた。首をゆるゆる横に振る。

「なにかお悩み?」

 みかんの声がした。あたし、心配させてしまっているのかもしれない。

 まぁ、あたしが逆の立場だったらふたりみたいに声をかけるだろうし。

 この態度、良くないよね……ってことはわかっているんだけど、心も体も動かない。

「こりゃ、重症かな。恋以外のお悩みなら、みかんさまにどんとこいだよ!」

「じゃあ、みかんに出番はないな」

「え? 奈子、恋の病なの?」

「わかんない。けど、これは恋でしょ!」

 琉花ってば、勝手に恋の病にしないでよね。

 正直言って、最近は真後ろのシュンくんのことよりニャムのことばっかり気になっているもん。

 恋の病じゃ、ないない!

「お前らでも知らないんだ。奈子が最近元気ない理由」

「シュン、まさか奈子にちょっかい出してないでしょうね」

「出してねぇし」

「でもさ、シュン、この前奈子のこと泣かせてたよな」

 もう! 話をこじらせないでよ! モブ男子!

「マジで? ちょっと、シュン! うちの奈子に何してくれてんの!」

「いけいけ、みかん~!」

「待って、誤解! オレ、なんもしてないって!」

「煙のないところに火はないんだから!」

「そんな感じだったっけ? 火に油をかけろ、じゃないっけ?」

「お前らバカ丸出しだな」

「ああ! そうやって奈子をいじめたんでしょ!」

「だーかーらー! ちょっかい出したりいじめたりしてないって言ってんの!」

 もう、本当に嫌だ。

 あたしが今こんな思いをしているの、お家で丸まったままなのだろうニャムにはやっぱりお見通しなのかな。

 それとも、ニャムにもわからない未来だったのかな。


「ねぇ、ニャム。聞いてよ。ううん、聞かなくていいから、話していい?」

 あたしは帰るなり、今日のことをニャムに一方的に話しかけた。

 口から吐き出しておかないと、心にぽっかり穴が開いただけじゃ済まなくて、いよいよ心が粉々になっちゃう気がしたから。

 ニャムは当たり前のように返事をしてくれない。相変わらず真ん丸。

「今日ね、ニャムと一緒じゃないの、本当にさみしくてね。だから、ため息ついちゃったの。そうしたらね、恋の病だとか、シュンくんがあたしに何かをしたんじゃないかって疑われちゃったりとかしてね。本当に、心がチクチクしっぱなしだったんだ」

 ニャムに手を伸ばす。

 声を聞けないなら、せめて手のひらでニャムを感じたかった。

 だけど、手のひらに確かにそこにニャムがいるって感覚はあるけれど、なんだかとても冷たい気がした。

 まるで、命の灯が消えかかっているみたい。

 あったかくない。

 ポカポカしない。

「ねぇ、ニャム。ニャムにはお見通しなんでしょ? ニャムはこの後、どうなるの? あたしの傍からいなくなる? いなくなっちゃったら寂しいけど、でも……もしもそうなるしかないんだったら、あたし、せめてニャムには元気でいてほしいの。ポカポカあったかいところで、美味しいものをたくさん食べて、ゴロゴロしていてほしいの。ねぇ、ニャム。死んじゃったり、しないよね? 大丈夫だよね?」

 ニャムは何も言わない。

 それだけだったら、どれだけよかっただろう。

「ねぇ、ニャム……ニャム? 待って、どこかへ行かないで!」

 あたしは急いでニャムをぎゅっと抱きしめた。ニャムはあたしの腕の中でどんどんと淡くなっていって、半透明だったニャムはいよいよ本当に透明になっちゃった!

「ニャム、あたしにはお見通しだよ! いや、なんか、見えなくなっちゃったけど……。だけど、ニャムがまだここにいるって、わかるから! こうしていたら、ニャムの感触が――」

 ずっと抱いていた。離したつもりなんてない。逃がしたつもりもない。だけど、

「ニャム……ニャム?」

 いつの間にか、ニャムは見えないだけではなく、触れられない存在になっていた。



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