第17話 ニャムに緊急事態⁉


 ニャムはあたしに寄り添ったまま動かなくなった。

 ううん、違う。真ん丸にはなった。真ん丸になったっきり、どれだけ時間がたってもそれをやめなかった。

 眠っちゃった? 珍しいなぁ。

 何度かニャムの背中を撫でてみたり、体を優しくゆすってみたけれど全然反応がない。

 帰りの会が終わってもその状況に変化はなかった。

 ニャムが自分で歩いてくれないとなれば、あたしがニャムを連れて帰るしかない。

 考えられる方法はふたつ。

 ひとつは、カバンの中に入れて帰ること。

 もうひとつは、抱っこして帰ること。

 ほかの人には見えないニャムを抱っこして歩くのは、あたしが恥ずかしい思いをすることになるから避けてきた。

 だけど今日は、抱っこして帰ろう。

 だって、ニャムを抱っこしていると、あったかくて、ポカポカしていて、あたしの凍りかけの心をとかしてくれる気がするから。

「ただいまぁ」

「あ、おかえり、奈子。……ん? 寒いの? 風邪でもひいた?」

「ううん。ちょっと考え事」

「そう? そのポーズで考え事する人、めったに見ないけど?」

「そう? じゃあ、なんでこのポーズが考え事をする人のポーズみたいに思われてるんだろうね」

「確かに。なんでだろう。うーん……」

 お母さんは、左の手を緩く握って口元に当てた。

 なるほど、お母さんの考え事をするときのポーズはコレか。

「漫画? アニメ? それとも……」

「ま、お母さんの近くにはいないけど、世界のどこかにはいるんだろうね」

「……やっぱり熱? なんで急にそんな壮大な話を?」

「あたしも日々成長してますから。成長が止まったお母さんと違って」

「コラ。なにその言い方!」

「もうすぐ身長抜いて差し上げますぅ」

「抜けるもんなら抜いてみろぅ」

「じゃ、学力も抜くために宿題やってきまーす」

「はいはい、頑張ってね~」

 部屋に入るなり、思わずため息。

「まったく。ニャムがあたしにしか見えないせいで、ごまかすのが大変なんだから」

 文句を言ってやったけれど、ニャムは何も言い返してこない。

「っていうか、どれだけ寝るの? ああ、まぁ、ネコって結構寝てるイメージあるかも。今までが起きすぎ? まさか、あたしのために起きていてくれたとか、ある?」

 やっぱりニャムは何も言わない。

 あたしはニャムをベッドに寝かせた。

 ニャムがしっぽをへにゃん、と力なく動かした。

 返事? それとも、夢の中で何かしているのかな。

「ニャム。宿題終わったら、おやつを食べようと思うの。おやつの時も寝てたら、あたし、ニャムの分まで食べちゃうからね⁉」


 宿題を終えるとベッドを見た。そこには、宿題をやる前に寝かせたときと少しも変わらない様子のニャムがいる。

 あのニャムがこんなにおとなしいなんて。

 さすがにおかしい気がする。

「ニャム? 宿題終わったから、おやつ食べに行こう」

 返事はない。

「ニャムぅ?」

 ニャムのことなんて放っておいて、おやつをわけずに食べちゃったってかまわないはずだった。

 でも、あたしにはそんなことできなかった。

 もう、ニャムとおやつを取り合ってニャーニャー言われないのはおやつとは言えないっていうくらい、ニャムと一緒に食べるのが当たり前になっていたからだ。

「ねぇ、寝すぎじゃない?」

 揺り起こそうとニャムに触れた。

 あったかい。ポッカポカ。……ポッカポカ?

 嫌な予感がして、あたしはニャムの体に耳をくっつけた。

 ぜーぜーと苦しそうな音がする。ゴロゴロと喉が鳴る。バレた、とでも言わんばかりに、ニャムは真ん丸の体をもっと小さく丸めた。

「どうしたの? 調子悪いの?」

 問うと、

『ニャ、ニャんてことニャい』

 と、耳を澄ませないと聞こえないくらい小さくて弱弱しい声が聞こえた。

「ごめん。あたし、自分のことばっかり考えてた。ニャムが調子悪いの、気づいてあげられなかった。ねぇ、何したらいい? 何してほしい? あたしにできることなら、なんでもするよ!」

『ニャムのこと、放っておいてほしいニャ』

「いや、そんな……。元気いっぱいなら放っておけるけどさ、この状態で放っておけるはずがないじゃん」

『ニャコ、薄情ニャくせに』

「あたし、そんなに薄情?」

 心配でいっぱいだったからかもしれない。言葉に怒りが乗っちゃった。

 言っちゃいけないことを口走ったことはわかる。

 気づいてもすぐに「ごめん」とは口走れないのだから、ニャムが言う通りあたしは本当に薄情なのかも、と考えて悔しくなる。

『ごめんニャ』

「ううん。ニャムが謝ることじゃないよ。あたしも、ごめん」

『ニャにが?』

「その……薄情で」

 呟くと、ニャムはしっぽをそっぽを向くかのようにふわん、と動かした。

『こんニャの、計画外だニャ』

「……え?」

『ニャム、おかしくニャったみたいだニャーっ』

 ニャムが突然よろよろと立ち上がって、どてん、と尻もちをついて、自分の頭をポコポコと叩きだした!

「ニャ、ニャム⁉」

『ニャムは言っちゃいけニャいことを言っていニャいのニャ』

「なんの話?」

『だけど、本当は計画書でしかニャくて、だからニンゲンと話すことニャんてニャくて』

「えっと?」

『ニャム、オーバーヒートってやつをしているのかもしれニャいニャーっ!』

 オーバーヒート?

 えっと、それってつまり……熱を出しちゃった、ってこと⁉



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