第13話 ごきげんニャニャめ


「だから、ごめんってば」

 家に帰るとすぐ、あたしはニャムに謝った。何度も謝ったけれど、ニャムは『ニャンっ』と首をプイプイ振るばかりで、全然許してくれない。

「ねぇ、ニャムぅ」

 部屋に入って、カバンを置いて、いざちゃんと向き合ってお話し……と思ったら、ニャムがしっぽを振ってどこかへ行ってしまった。

 謝っても許してくれないし、話もさせてくれないの?

 ああ、なんだかイライラしてきた!

 だってあたし、こんなにたくさん謝っても許してもらえないほどにひどいことをした自覚、ないもん!

 ……いや、したのかな。したのかもしれない。もしかしたら、ネコのしっぽはおしりの一部なのかもしれない。もしあたしがおしりを触られたりしたら、すっごく怒る。それこそ、何度「ごめん」と言われても、怒りの熱が冷めるまでは許さないくらい、怒り続けると思う。

 それが不慮の事故、みたいなことだったら仕方ないと思えるかもしれないけれど、さっきのやつは明らかに故意だったし。

「ニャムぅ。どこ? あたしの今日の分のおやつ、全部あげるから許してよぅ。あと、もうしないから。しっぽ触らないって約束するから!」

 声をかけながら、家の中を探す。

 ――ガサ、ゴソ……。

 音が聞こえた。キッチンのほうからだ。

 あたしが近づいたことがバレてしまったら、逃げられてしまう気がした。だからあたしは、忍び足で音がしたほうへ向かった。

「……あっ!」

『ニャっ!』

 そこにはニャムがいた!

 家にあったお菓子を手当たり次第に口に突っ込んでいるニャムが!

『……!』

 あっ! あたしにびっくりした拍子に、お菓子を喉に詰まらせたみたい!

「落ち着いて、落ち着いて。ゆっくり落ち着いて噛んで、飲み込んで」

 あたしはしっぽに触れないように気をつけながらニャムの背中をさすった。

 ニャムは自分のほっぺたや喉をひっかいたりしながら、もぐもぐと顎を動かして、それからごくん!

『ふニャー! 死ぬかと思ったニャ!』

 あたしとニャムは同じタイミングで、大きな大きな安堵のため息をついた。

 あんまりぴったりだったのがおかしくて笑ったら、ニャムも『ニャニャニャ』と笑っていた。

「しっぽ触ってごめんね、ニャム」

『許してやるニャ』

「ところで、ニャム」

『ニャんだニャ?』

「うちのおやつ、食べすぎなのよ! 怒られるの、あたしなんだからニャー!」

『うニャー! 許してニャー!』


 あたしはぷんぷん怒った。

 ニャムは何度も『ごめんニャー』と言ってきたけど、許してやんない!

『ニャー! ニャコに嫌われたー! こんニャの、計画外だニャー!』

 計画外? そうなの?

 ニャムにはぜんぶお見通しだって言っていたから、知った未来にしか進まないと思っていたけれど、そんなわけでもないんだ。

 っていうか、そうか。計画は事細かくしすぎると、承認されない、みたいなことを言っていたもんね。

 なるほど、この許さない合戦は、きっと計画の余白の部分なんだ。

 慌てふためくニャムを横目でちらちらと見ていると、なんだかもう許してあげてもいいような気がしてきた。

 けれど、なんでだろう。あたしの心が狭いからなのかな。まだ許しちゃいけない気がする。

「ただいまー!」

 玄関から声がした。お母さんだ!

「おかえり、お母さん!」

「んー! 疲れた! けど、お母さんには頑張りの素があるから、大丈夫! もうひと頑張りして、ごはんを――」

「……どうしたの?」

「……奈子」

「なに?」

「お母さんが隠してた高級チョコ、食べたでしょー‼」

「え、ええーっ!」

 それ、あたしじゃニャい!

 足にぴとっと何かがくっついた感覚がした。ちらっと視線を下へと移すと、苦笑いを浮かべたニャムがあたしの足にくっつきながらプルプルと震えていた。

『ニャ、ニャニャニャ……』

「こら! 奈子!」

「ひゃいっ!」

「新しいチョコ買ってくるか、チョコ代出しなさいっ!」

 あたしは首を縦にブンブン振って、

「はいっ! 買ってきます! ごめんなさい!」と叫んで、頭を下げた。

 あたしの足にくっついていたニャムも、土下座⁉ ってくらい頭を下げながら、

『ごめんニャさーい!』

 と涙声で言っていた。


 なるほど、あたしがニャムを許すのはまだ早い気がすると思ったのは、たぶんこのせいだ。

 お母さんに怒られる可能性があったから。だから、怒られなかったらそのまま許してあげようって、あたしの中のあたしにはよく見えないあたしが計画したんだ。そんな気がする。

 キッチンにいるとお母さんの怒りの熱が冷めるのが遅くなる気がしたから、あたしとニャムは部屋にこもった。

 それから一緒にでろーん、とベッドに転がって、ふにゃー、と何度もため息をついた。

「ねぇ、ニャム」

『ニャんだニャ?』

「ねぇ、あたし、思ったんだけどさ……。ニャムにお見通しなのはさ、実はぜんぶじゃないでしょ」

『ニャ、ニャニャっ』

 ニャムが真ん丸になった。顔を体で隠している。ひょこひょこと顔を出しては、あたしのことをちらちらと見る。

 なんて言ってほしいんだろう。あたしにはよくわからない。

 だけど、今あたしが言いたいことを口に出したら、ニャムはあたしの話をちゃんと聞いてくれる気がした。

 だから、あたしはあたしが思っていることを言ってみることにした。

「全部、って言葉はさ、こう、実体があるって言えばいいのかな。そういう、モノにしか使えないんじゃないかって思うんだ。ううん。使ってもいいんだけどさ、こう、確率の話が絡んできちゃうっていうか」

 ニャムがひょこりと顔をあげて、きょとん、とあたしを見た。

「おかしを全部食べる、とか、宿題を全部やる、とかはOK。だけどさ、例えば、進む道の信号が全部青になる、とか、そういう自分の力ではどうにかできないようなことはさ、運とかそういうことが影響しちゃうと思うんだ。だから、全部見通すことなんて無理なんじゃないかなって」

『……ニャコ、ニャムのこと、嫌い?』

「なんで急にそんなこと訊くの?」

『だって、ニャム、ニャコが言うことが正しいとしたら、わりとお見通しニャだけ、みたいだから……』

 ゴニョゴニョゴニョ。

 ニャムが続けて何か言っていたけれど、あたしにはよく聞こえなかった。たぶん、しょげているんだ。なんかちょっと――かわいい。

「たった今、全部見通せなくて当たり前って話をしたばっかりだっていうのに。まったく、ニャムはおバカさんニャのかニャ~」

『ニャコ……』

「全部見通せなくても、気にしない、気にしない! そんなもんでしょ? それにあたし、余白ありまくりの計画書に全部とか完璧を期待したりしないように心がけられるから、安心してよ」

『ニャコ……』

「ニャに?」

『バカって言ったほうがバカニャんだからニャ~!』

 ニャムが舌をべーっと出して、その横で両手をひらひらさせながら言った。

 なんかすっごく……ムカつくっ!

「ああ、もう! ニャムなんて、大大大大大っ嫌い‼」



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