第9話 ニャムとおやつの時間


「ああ、もう。変なことしてるの観察されてただなんて。恥ずかしすぎる! 穴があったら入りたい! あたし、この先に明るい恋模様なんて見通せないよぅ……」

 あたしの初恋。

 もっと大切に育てたかった恋。

 それなのに……。

 ニャムだ! ニャムのせいだ! ニャムなのか? いいや、計画書を書いた私じゃない私みたいな私のせいなのか?

『まぁまぁ、おやつでも食べようニャ』

 のんきな声を出すニャムを見る。ゴロゴロと体を横たえて、んーっと伸びをしたかと思えば、大あくびをした。

 本当に、おやつを食べる気しかなさそう。例えば、傷心のあたしを慰めるためにおやつを食べようと誘うことにした、みたいな優しさのかけらは微塵も感じられない。

 もう、演技でもいいから優しくしてほしかったよぅ。

『ニャんでそんニャ顔しているニャ? 怖いニャ』

 ニャムが体をぽりぽりかきながら言った。

「ねぇ、ちょっとは心配してくれてもよくない?」

『ニャにを?』

「ニャムは知ってるんでしょ? シュンくんがあたしの、その……」

『ニャ、ニャニャニャニャ……』

 クスクス笑っている。堪えようともしていない。

 あたしは考えた。ニャムの頭の中にいったいどんな未来が広がっているのか考えた。

 あたしの恋は実るのか? それとも、はらはらと散るのか?

「ねぇ、ニャム」

『ニャに?』

「まだ誰にも言ったことがなくて、ニャムに言うのが初めてなんだけどさ。あたし、シュンくんのことが好きなの」

『シュンくん?』

「後ろの席の男の子」

『儀式の子ニャ』

「儀式の子はあたし……ってそれは置いておいて。ニャムはあたしの人生計画を知っているんでしょ?」

『当たり前だニャ』

「じゃあ、恋の行方も知っているわけでしょ?」

『ニャニャ……ニャにか良くニャい予感がするニャ』

「どうなるの? 結婚してる?」

 口にしてから、あたしは気づいた。彼女になることを飛ばして、結婚って言っちゃうだなんて!

『ニャーん』

 ニャムは、ふむふむ、とでもいうかのように、幾度も首を縦に振りながらあたしを見た。

 あたしは真っ赤になっているだろう顔を見られたくない! ニャムみたいに透けたい! なんなら、ニャムよりも透明になりたい! と思いながら、両手で顔を覆った。

『ニャムはこれから、ニャコにニャんて言うと思う?』

「え……。計画のことは教えられない、とか?」

『ニャニャ! ニャムの頭の中、ニャコにおみとーしニャのニャ?』

 びっくりしたかのように目をかっと見開いて、万歳しながら言った。それから、口の端をぴくぴくと震わせた。

 このネコ、絶対――あたしのことを茶化している!

「もういいよ。ニャムに相談したあたしがバカだった。あたし、おやつ食べてくるから、ここで待ってなさい」

『ニャっ⁉︎ ニャムもおやつ食べたいニャ』

「いじわるネコにはあげません!」

『ニャー! いじわるニャコ!』

「へへーんだ! お互いさまじゃん!」


 あたしはニャムを部屋に置き去りにして、キッチンへ向かった。……はずなんだけど、ニャムはどうやったのか気づけば部屋から抜け出して、あたしにぴったりついてきた。

 あたしが進めば進むし、あたしが止まれば止まる。

 その歩みには、ついさっきのようないじわるな感じはなかった。

「そんなに食べたいの?」

 ぼそり、と小さな声で問いかけてみる。

『ニャム、ニャコと食べるの、好き』

 ぼそり、と小さな声が返ってきた。

 あたしには、ニャムのことはお見通しじゃない。ニャムが何を考えているのか、よくわからない。

 ほかの、ほとんどの生き物の視界に映る生き物たちにも同じことがいえるんじゃないかなってあたしは思う。頭の中は覗けない。同じことを考えていても、同じことを考えているって気づくには、言葉にしたり行動にしたりしないといけない。

「じゃあ、一緒に食べようか」

 おやつを食べすぎて怒られたことはない。それはたぶん、食べすぎるのが時々だからだ。毎日毎日食べすぎたらきっと、お母さんに「食べすぎ」って注意されたり、「お小遣いでおやつを買いなさい」って言われちゃうんだと思う。

 だから、一人分のおやつをニャムと半分こするっていうのが最善策なんだとあたしは思う。

 おやつを出す。それから、お皿を二枚出して、その上に平等に――

「ちょっと! ニャム!」

『ふニャ~。美味しいニャ~』

「あたしの分! あたしの分まで食べちゃったの⁉︎」

『ニャニャっ? こんニャちょこっとニャのに、二人分ニャのニャ? ケチすぎやしニャい?』

「もー! ニャム、お財布出しなさい!」

『そんニャもの持ってニャい!』

「今度から、ニャムのおやつはニャムのお小遣いで買ってもらうから!」

『ちょっとちょっと! ニャム、お財布ニャいんだってば! お金ニャい!』

「なんで持ってこないのよ!」

『そんニャの、ニャムしらニャいもん!』

「偉い人に文句言ってきなさい! 自分の分のご飯とかおやつくらい、自分でなんとかできるようにしてくださいって!」

『そんニャこと言ったって! ニャコが計画書にニャムのことを書いたからいけニャいんだからニャ! ニャコが責任とらニャきゃいけニャいんだから!』

 うぅ……。そうだった。

 本当は、ニャムの姿は見えないはずなんだった。

 でも、あたしが計画書に小さい文字で〝化身と出会う〟って書いちゃったから、ニャムは見えるようになっちゃったんだった。

「なんか、ごめん」

『それ、謝ったって言わニャいニャ』

「すみません」

『これからも、ニャムにちゃんと食べ物をくれると約束してくれるニャ?』

「それは、まぁ、いいんだけど……」

『ニャに? 不満そうじゃニャいか』

「ひとりで全部食べるのはやめてくれない? ちゃんと分けよう。そうしたら、こんな言い争いをする必要はないと思うの」

 言うと、ニャムはばつが悪そうな顔をして、あたしのことをちらちらと見た。それから、

『確かにそうニャ。わかったニャ。これからはちゃんと、ニャコの分をちょっと取っておくニャ~』

「ねぇ、それ、反省してる?」

『ニャ?』

「ちょっとじゃなくて、はんぶんこ! だいたい、今日のおやつ、あたしの分も食べちゃったの、あたし、まだ許してニャいからね?」

『ご、ごめんニャさーいっ!』



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