第7話 憎めないネコとドタバタすぎる朝


 眩しい。朝だ。

 まだ寝ぼけている目をぐしぐしとこすりながら、あたりを見回す。

 いた。半透明のネコ。

 ニャムがいるってことは、昨日のことは夢じゃなかったし、昨日のことは今日につながっているってことだよね。それに、いつかのあたしが計画しているかもしれないニャムとのお別れの時は、まだ来ていないってことだよね。

 ……変な寝方。

 このネコは、本当にあたしの人生計画を理解しているのだろうか。そんなに優秀そうにはどうにも見えないんだけど。

『ニャー。よく寝た。ニャムのことをバカにしてるニャコ、おはよう』

「おは……いや、バカにしてなんかないよ?」

『そんニャそんニャ。無理しニャくていいニャ。謝罪のしるしは朝ご飯のおかずでいいニャ』

「はぁ?」

『ほらほら、早くしニャいと遅刻するニャ。ただでさえ、十分寝坊ニャ』

「うそ⁉」

『ニャムは嘘つかニャい』

 時計を見る。本当だ! いつもより起きるのが十分遅い。っていうか、なんで目覚ましが鳴らなかったの⁉

「これも計画通り⁉」

『ニャッニャッニャ。神様の試練ってやつかもニャ~』

 そう言うニャムの顔には、〝嘘〟って書いてある。あたしの心の目には、そう見える!

「ああ、もう! ついてきて! 急ぐよ!」

『アイアイニャー!』


 あたしにしか見えないらしいニャムを引き連れてどかどかとダイニングへ行くと、お母さんがまるで大嫌いな虫でも見つけたかのように驚いた顔をして一歩下がった。

 あれ? もしかして、お母さんには見える?

「なに? 起きてこないから起こしに行こうかと思ったら、戦にでも行くかのような勇ましさ……。眠れなかった? 熱? 今日何か行事あったっけ?」

 ニャムのことを聞かれない。ってことは、やっぱり見えてないってことだ。……って、のんびり考えてる暇なんてないんだった! 寝坊した分の時間を取り戻すために、急がなくちゃ。

「ううん、なんもニャい!」

「ニャい?」

「な、なんでもない! おはよう! ごはん食べる! いただきます!」

「ああ、はいはい。おはよう。めしあがれ」

 お母さんは不思議そうな顔をして、首を傾げたままキッチンへ行った。

 あたしはどすん、と腰を下ろして、フォークを掴んで、トマトをさして、口に……。

 そうだ、ニャムにも食べさせてあげないといけないんだった。

 お母さんのほうをちらりと見る。何かをしている。こっちを見ていない。今がチャンスだ!

 フォークをそっとニャムの口元へと近づける。なんだか、だるまさんがころんだでもしているような気分。

『ニャム、トマト嫌い』

「はぁ? 好き嫌いしないの!」

「え? どうしたの? 奈子」

「ああ、いや、なんでもない! 鼓舞した! 鼓舞したの、自分を!」

「鼓舞って……奈子、トマト大好きじゃない。え、もしかして、嫌いだけど頑張って食べてたの?」

 ああ、もう! こんニャことにニャっちゃったの、全部ニャムのせいだ!

 ニャムと出会っていなかったら絶対にしなかったやり取りを生み出したニャムはというと、あたしの足の上で声を殺しながらお腹を抱えて笑っている。

 くぅ、むかつく!

「超好き! トマト好き!」

 お母さんにトマトが嫌いじゃないことをアピールしながら、さして、食べて、さして、食べてを繰り返す。食べれば食べるほどお母さんはきょとんとするし、ニャムは大笑いする。

 決めた! こうなったら、あたしがもともと計画していたかもしれないことだけじゃなくて、あたしが今計画したことも実行してやる!

 トーストに手をのばして、硬いパンの耳のところだけちぎる。それから、ニャムめがけてポイっ。

『えぇ、耳だけぇ? ニャコのケチ』

 あっかんべー!

 ケチで結構!

 パンの耳を分けてあげる優しい奈子様の計画書の化身になれたんだから、それ以上欲張るんじゃないの!


 疲れた。起きて数十分でもうへとへと。

 登校する準備を進めながら、登校しない方法について考えずにはいられない。第一候補は、熱があるってことにすること。さっき熱があることを疑われたし。体温計をどうごまかせばいいのかまだ思い浮かんでないけど、まぁ、どうにかできそうな気がするから。

『おーい、ニャコ。ボケッとしていると、遅刻するニャよ? あと、学校は行っておいた方がいいニャよ? 熱があるふりをすると、面倒ニャことにニャるニャ』

「う、うわ……気持ち悪い!」

『ニャ、ニャンで⁉』

「あたしの心の中、見たでしょ!」

 ニャムはベットの上にぴょん、と飛び乗って、

『まったくまったく。ニャムにはぜ~んぶおみと~しニャんだってば』

 と言って、エッヘン! と胸を張り、どや、と書いた顔をほころばせた。

 ああ、もう。なんだかすっごく憎たらしい気がするのに。……どうにも憎み切れない。

「わかった。ちゃんと行くよ。ニャムは? やっぱりついてくるの?」

『ニャ? 別についていかニャくてもいいんだけどニャ。そんニャについてきてほしいのニャ? ニャハ~! 仕方ニャいからついていってあげるニャ~。給食たのしみだニャ~』

 まったく、のんきなネコ。

「って、時間! やばい! 走るよ!」

『じゃあ、抱っこ』

「嫌だ! ニャムを抱っこして走ったら、変な走り方してる人がいるって笑われるに決まってるじゃん! どうしても走りたくないっていうなら、カバンの中に入っていてよね!」

『ええ、自由がニャいニャー』

「文句言わない! だいたい、ネコって狭いところ好きなんじゃないの? 好きでしょ?」

 ニャムのおしりをぺちぺち叩きながら、カバンの中に入らせる。透けたネコがもぞもぞ動く。なんか、かわいい。ずっと見ていられそう。……って、違う! のんびりしている暇なんてないんだった!

 さっきまで文句を言っていたくせに、いざ入ってみると自分の家みたいにくつろいでいるニャムに、

「じゃあ、行くよ。しばらく暗いだろうし、揺れると思うけど。我慢してね」と、声をかける。

『ニャーい』

 時計を見る。余裕はないけれど、走れば間に合う。

「お母さん、行ってきます!」

「ああ、うん。行ってらっしゃい! 車に気をつけてね」

「はーい!」

 あたしは扉を開けて、勢いよく外の世界へ飛び出した。

 ――ぺちゃっ。

「うわぁ……もう、サイアク!」

 なんで鳥のフンがタイミングよくあたしの頭めがけて降ってくるのよ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る