第3話 集中できないのはニャムのせい⁉


 活動が始まった。こんなに気が散るのは初めてだってくらい集中できない。そのくせ、こんなときに限って難しい問題で指名されちゃったりするから最悪だ。

 いつもだったらなんとか乗り切ることができるけれど、こうも集中できていない時に難しい問題は解けない。

 ニャムが居なければ絶対にしなかった、と思うケアレスミスをして赤っ恥をかいた。

 もう、今日はずっとこんな調子。全部全部、ニャムのせい。

 足元に視線を移すと、ニャムがのんきに大あくびをしていた。ぐしぐしと顔をかいて、それからしっぽをゆらゆら揺らして、暇そうにしている。

 あたしは、むかむかした気持ちをどうにも押し込めてはいられなくなって、上履きの先でニャムのことをツンツンと蹴った。

 すると、ニャムは〝呼んだニャ?〟とでも言っているかのような顔をして、あたしのことを見た。あたしは舌をベーっと出した。すると、ニャムも舌をベーっと出した。でも、そのあとくつくつと笑っていたから、私と同じ気持ちで舌を出したのかどうか、あたしにはわからない。

 いつもよりなんだかすごく疲れる。休み時間になるとすぐ、机に突っ伏してため息をついた。近くに人の気配。ふんわりと、お姉さんみたいなちょっとおしゃれな香りがする。

「奈子、どした? 今日なんか変じゃない?」

 よく知っている優しい声。琉花だ。琉花が来てくれた。

 琉花ならあたしの話を全部聞いてくれて、全部信じてくれるような気がした。だからあたしは顔をあげて、

「ねぇ、琉花。聞いてよ」と言った。

『琉花ー! 先生が呼んでるー!』

「え? あ、うん。わかったー! ごめん、奈子。先生のところ行ってくる。あとで話聞くから、ちょっと待ってて!」

 ああ、待って、待ってよ琉花!

 手を伸ばしても届かない。琉花はどんどん遠くへ行ってしまう。追いかける気力なんて、今のあたしにはない。

『これはこれは、困ったニャ~。ニャニャっ』

 ニャムがクスクス笑っている。このネコ、本当にむかつく!


 四時間目の授業中、あちこちから小さなお腹の音が聞こえてきた。

 クゥ~。

 今度は誰だろう、けっこう近かったけど。

 あたりをきょろきょろと見てみる。まぁ、お腹が鳴っちゃったところで、『鳴っちゃった』と言ってテヘっと頭をかく人なんて、漫画とかアニメの中でしか見たことがない。だから、このきょろきょろなんて、きっと無駄だってわかってはいるんだけど。

 そういえば、ニャムってご飯を食べるのかな。

 もし仮に食べるとしたら、みんなに見えない存在が、みんなにも見える食べ物を食べるってことになる? ってことは、透明人間がご飯を食べているみたいに見える?

 え……それ、めっちゃ気になる!

 でもでも、待って?

 あたしにはニャムが見えている。ってことは、あたしにはその、透明人間がご飯を食べているみたいな様子は見えないってこと?

 ……ショック!

「はい、じゃあ、次。奈子さん、お願いします」

「え、え、えぇー! あたしですか!」

「……なんでそんなに驚いているんだ? どうした? 今日は朝から集中できていないようだけれど」

「え、ああ、いや……なんでもないです……」

 教室の中に、クスクス笑いが広がっていく。

 ああ、もう! ニャムのせい! こののんきなネコのせい!

 足元のニャムを睨みつける。

 相変わらずの大あくびと、顔ぐしぐしと、しっぽふりふり。と、クゥ~って音。

 ニャムがハッとして、ちょっと恥ずかしそうな顔をして、それからくるんと丸まった。

「奈子さん?」

「あ、はいはい! えーっと」

「二十二ページだよ」

 みかんが囁き声で助けてくれた。

 あたしは、先生が「はい、ありがとう」って言うまで、教科書に書かれた文字を音読した。

 その途中、クゥ、クゥと合いの手のようにお腹の音が聞こえて、クスクスと笑いかけた。

 笑いをこらえながら真面目そうに読むの、本当に大変だったんだから!


 いよいよ給食の時間!

 あたしは今週、給食当番じゃないからのんびりできる。……はずなんだけど、今日はちょっと忙しい。だって、ニャムにご飯を食べるか確認するっていうミッションがあるからね。

 足元にいる、ボールみたいに真ん丸なニャムを、上履きの先でツンツンつつく。すると、ニャムはしっぽをブンブン振った。どこか〝構ってくれるな〟っていうような投げやりな感じがした。

「あたし、トイレ」

「え、今?」

「ご飯の途中よりマシじゃない?」

「ああ、まぁ。じゃあ、奈子のゼリー、食べておくね」

 琉花がニヤッと笑った。あたしは知っている。琉花は絶対、あたしのゼリーを食べない。いたずらなことを口にしたとしても、それを実行に移さないのが琉花だもん。

「はーい。とりあえず、チャチャっと行ってくる!」

 と、言ったはいいけれど、どうしよう。別にトイレに行きたいわけじゃないんだよな。ただニャムと話がしたいだけなんだよな。どうやってニャムを連れていこう。このふてくされた真ん丸のニャムを。

「……あ」

「どうした? 漏れた?」

「んなわけニャいでしょ。ちょっと余計なこと考えただけ。行ってくる」

「ああ、うん。行ってらっしゃい。って……んなわけニャい?」

 やばい。ニャムのことばっかり考えていたせいで、〝な〟がひとつ〝ニャ〟になっちゃっていたみたい。

 ああ、ニャコはまた、穴があったら入りたい気分だよ。

 そんなニャコはこれから、サッカーをしながらトイレへ行くんだけどね。



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