未来との出会い

 普段の放課後の図書室は人がまばらだった。これはいつもの事なので慣れているのだが、この日は騒がしかった。感想文コンクールというものが定期的に行われ、その度に業者の発注書が配られる一方で、大森おおもりの親は図書館で借りろ、と言って本を買ってくれないらしい。


 友美ともみは本が好きで、図書室によく来ていたので、課題図書も読んだことがあるものが多かった。図書室が賑わっているのは、大森同様、課題図書を買ってもらえない少年少女が訪れるからなのだろうか。


 ウエノ、と声を掛けられて顔を上げると、色白で小柄な少年が立っていた。さっき考えていた大森が立っていた。課題図書を借りに来たのだろうか。


「『三日月の落ちる街』って本を借りようと思うんだけど、どこにあるか分かる?」


 友美は立ち上がると、無言で奥の方へ歩いて行った。慌てて大森はついて行ったが、いつもより人の多い図書室は人を避けながら歩くのが多少大変だった。


 一番奥から3つ手前の列に友美が入って行ったので、大森もそこを曲がったが、すでに3人くらいの男女が本を漁っていた。友美は迷うことなく奥側の上から3段目の棚を探りだしたが、本を取ることはなかった。


「無い。全部借りられたみたいだね」


 そうか、ちょっと肩を落とした大森だったが、すぐに諦めて元来た道を引き返そうとした。


「他の本を借りないの?」


 いいよ、と右手を振って歩き出した大森だが、立ち止まると振り返って言った。


「ウエノ、おれんち来ない?いいもの見せてやるから」


 疑問に感じ、そんなに行きたいとも思わなかったけど、たまには友達の家に遊びに行けと親からも言われているし、ちょっと考えたあとでこう答えた。


「いいよ。いいものってなに?」


「いいものは、いいものだよ」


 大森はニヤニヤしながら友美の肩を抱き、そのまま図書室から連れ出して行った。


 大森の家は町外れにあった。残念ながら、友美の家と反対側だ。


 遠いな。いつ着くんだろう。そう思いながらついて行ったが、到着する前に、もう次は来たくないと友美は考えていた。


 古い一軒家だった。軽トラックが1台止まっていたが、人の気配はなかった。鍵を開けて家に入ると、居間に通された。


「何か持ってくるから待ってて」


 古い日本家屋の独特の雰囲気は、マンション住まいの友美の家とは全然違った。必要以上にキョロキョロしてしまう。見上げた先にあった欄間の細工が気になり、その模様をついつい目で追ってしまい、しばらく頭を上げていた。


 そこへ、大森が戻ってきた。麦茶のボトルとコップが2つ。それに、菓子が盛られた器を乗せたトレーを持っていた。


「カルピスなかったから、麦茶でガマンしてな」


 そう言ってコップについでくれた麦茶は甘かった。大森家の麦茶は砂糖入りらしい。大森は下の名前が昇太で、中学に入ってから同じクラスになったが、小学校は別だった。たまに話すくらいで、一緒に遊ぶのは始めて。兼業農家だという話や、家に誰もいないのでいつもみんなが集まってるイメージだった。


「いいものってなに?」


 長旅を終えた友美は、早く目的にたどり着きたかった。興味なければすぐに帰ろうと思っていた。ここまで20分くらい歩いたから、家に帰るには30分以上かかる。


「そうだ、今準備するから待ってて」


 そう言って大森はテレビ台のドアを開けると、平べったくて大きな機械を引っ張り出した。そして、ACアダプターを壁のコンセントに差し込み、機械上部の丸いボタンを押した。それから、テレビのリモコンをいじってチャンネルを変えると、画面にはこう表示されていた。


「WingEngine386 System initializing…」


 やがて左上からグラデーションが広がり、画面全体が真っ白くなると、WとEと386の文字が印象的なロゴマークが現れた。それから画面には別のロゴが登場した。


Ultimate Monstersアルティメットモンスターズ


 大森は先程の機械から伸びるケーブルの先のゲームパッドを取ると、このゲームを開始した。


 友美はテレビゲームに興味が無かったし、やったこともなかった。いいものってこれの事なのか、と思うとちょっとガッカリしたが、このままちょっと見たら帰ろうと思った。しかし次の瞬間、衝撃が走った。


「邪竜同盟を各地で打ち破った反乱軍は、最後の土地エバルポリスへと侵攻しようとしていた。しかし、邪竜同盟も党首ドラベリンの指揮のもと、最後の力を振り絞り、竜都エバリスに総力を結集させ、これを迎え撃つ体制を作っていたのであった」


 まるで映画のようにアニメーションが再生され、そして低い男性の声でナレーションが流れると、友美はさっきまで帰る気だったのも忘れて、画面に引き込まれていた。


 朽ちかけた廃墟のような城には、様々な魔物が居て襲いかかってくる、それを大森が操作する悪魔のようなモンスターが退治していく。このゲームは、魔物達が生活する魔界において、かつて計略で封じ込められた竜族の王が復活し、魔界を統一するべく侵略戦争を始める。これを阻止するべく、投獄された魔族の王の息子である主人公が、反乱分子を集めて復讐を行うというゲームだった。


 その内容やゲーム性も去ることながら、WingEngineウィングエンジンの持つCDドライブによって実現された、音声と動画再生能力によって、ゲームの臨場感はまさに映画のように質が向上していた。ゲームに興味がなかったはずの友美は一気に魅了されてしまったのだった。


「これっていくらするの?」


「本体は6万くらいかな?ソフトは6-7000円する」


「ソフトってどういうこと…?」


 すると大森はより詳しく説明してくれた。平べったい機械が6万円。さっき押したのと反対側のボタンを押すと機械の上部がパカっと開いた。高速で回転していた円盤が止まる。


「この中身の丸い円盤がソフトで、これにゲームが入ってる」


 つまり、この平べったい箱と、中の円盤が必要ということか。画面には「CDトレイのカバーを閉めてください」と、表示されていた。


「アルモンは去年出たゲームだから、今からやるなら貸してやってもいい。最新のだったら、天地雷鳴伝がオススメだよ。8000円くらいするけど、橋本虎太郎が音楽やってて、壮大ですごいらしい」


 話しの半分以上は分からなかったが、ニュアンスは大体理解した。友美はあとはこれがどこで買えるのか教えてもらい、足早に家路についた。


 その日の夕飯時、いつもは聞かれないと話さない学校生活を、友美は嬉々として語った。


「それで、モンスターも滑らかに動くし、はっきり喋るし、映画見てるみたいなんだけど、それがゲームというやつで、WingEngineというのはとても高いんだけど、その何倍も価値があるんじゃないかと思ったんだよ」


 父にも母にも完全には理解できなかったものの、友美が熱を込めて嬉しそうに語る様を見ると、とても喜ばしかった。何より、いつも一人で本ばかり読んでいる子が、友人の家に遊びに行き、その出来事をこんなにも語っているのだから。おねだりしてきたら購入を前向きに考えようと、父と母が目配せで意思疎通した矢先、友美は言った。


「ずっとお小遣いやお年玉貯めてたお金が10万円くらいあるんだけど、それ買ってもいい?明日買いに行きたいんだよ」


 両親は顔を見合わせた。自分で買う許可を求めてくるとは思っていなかった。しかし、図書室で引きこもっていると思っていた息子は、いつの間にかこのような自立心を得ていた。それがさらに嬉しくて、許可せざるを得なかった。


 友美は翌日、一人で電車に乗り、大森に教えてもらった店に行くと、WingEngineと天地雷鳴伝を購入した。そして、もと来た道を引き返して駅に向かっているとき、異変が起きた。高校生と思われる3人組に囲まれた。どうやら、店を出た時から付いてきていたらしい。そしてこう言われた。


「中学生なのに持ちすぎだな。残ってる分の金を置いていけよ」


 財布にはまだ5000円くらい残っていた。しかし、帰りの電車賃を考えると全額は渡したくない。


「イヤです。僕が貯めたお金なので。1円も渡しません」


「あぁ?!言うじゃねえかガキが!」


 そう言って、高校生らしき少年は殴りかかってきた。友美は走って逃げようとしたが、一人に足を掛けられて転ばされると、そのまま蹴られ、殴られた。どう対処するのが良いのか、このまま死んでしまうのか、軽いパニックの中、そう思った時に、大人の声が聞こえた。


「おい、やめろ!」


 何やらやり取りの声が聞こえたが、そのまま少年たちは去って行ったようだ。目を開けると、スーツ姿の男性がハンカチで顔を拭いてくれた。


「大丈夫かい?殴られたみたいだな」


 友美はゲーム機の無事を確かめると、大丈夫です。と告げた。ありがとうございます。とお礼を言い、その場を逃げるように去った。殴られた左の頬がじんじんと脈打ち、痛みは一向に引かなかった。しかし、欲しかったゲーム機を入手した高揚感は、今の出来事を気にさせなかった。そして、ゲームの箱の取手を持ち直し、その重さをしっかり確かめると、家路への足をさらに速めた。

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