旅の終わり、冬の始まり

 スペコンことスペースコンピュータの登場と爆発的な人気により、一気に一般家庭に普及していった家庭用ゲーム機。しかし、その人気による品不足や、不人気ゲームソフトの抱合せ販売など社会問題と言えることが次々と起こり初めていた。


 そんな風に普及していったスペコンだが、買ってもらえない家庭の子どもも居た。清二せいじもその1人だった。


 彼はそんな境遇を悲観したりせず、友達たちの家を訪ねて回った。近所の友人は大体持っていたので、行けば一緒にスペコンで遊べたのだ。清二の一番の近所が加賀くんだった。毎日学校が終わったら、ランドセルを置いて家の前の道路を渡り、すぐ右の路地を中程まで進み、青い屋根の2階建ての家のインターホンを鳴らす。いつも通り、加賀くんのお母さんが出てきて入れてもらい、夕方まで遊んだ。


 17時を過ぎるとお父さんが帰ってくるので、帰宅を促されるが、帰ったら家の手伝いをしなくてはいけないし、弟の面倒も見なくてはいけない。清二は粘れる限りの時間を友人宅で過ごした。


 そのおかげで、近所の親たちからは通り名で呼ばれ始めていた。


「居座りの清二」


 帰宅を促しても帰らない。夕飯の支度を始めても、父親が帰宅して再度の帰宅を勧めても、なかなか帰らず。ひどい時には家族の夕飯が終わるまで、子供部屋に居残ったことまである。


 清二の自宅には苦情がたて続き、親にも怒られたが、平日は夜遅くまで帰らないので強制力が弱かった。


 やがて加賀くんの家には火曜と木曜しかスペコンをしてはいけないというルールが出来た。結果として、清二はその曜日しか遊びに行かなくなった。清二は加賀くん以外の家を転々とするようになったが、どの家も曜日制限を行ったり、平日は習い事などで留守にするなど、清二を拒絶する家がどんどん増えていった。こうして清二は、平日に遊ぶ新しい方法を見つけなければならなかった。


 清二はある日、家の前を走る大通りを、北に向かって歩いた。この道が国道に合流する辺りにゲームセンターがあった。友達の家に入れてもらえなくなった清二は、小遣いを握りしめてこのゲームセンターへと行ってみたのだ。


 休憩中のトラックドライバーが多くいるこのゲームセンターは、小学生が来るには少し敷居が高かった。店内にあるゲームは脱衣の麻雀やメダルで遊ぶスロットやポーカーなどが多く、ギャンブルを感じさせるものが多かった。


 それでも清二はいくつかあったシューティングやアクションゲームで遊んでいたが、1プレイ50円とはいえ、アーケードゲームの難易度は高く、まだ10歳の清二はすぐにゲームオーバーになってしまい、小遣いはあっという間に消えた。


 翌日もまたゲームセンターに行くか。それとも祖母とともに弟の面倒を見て過ごすか。そこはかとない寂しさを感じながら、とぼとぼと歩く学校からの帰り道で、清二はふと気づいた。昔はオモチャ屋だった店にクリーニングののぼりが出ていたのだ。ちょっと覗くと、店のカウンター奥には沢山の洗濯物が下げてあり、自分の知ってた頃の店とは変わっていた。


 だが、変わらないものもあった。入って左側の棚には様々な駄菓子が置いてあった。清二がポケットをあさると、10円玉が2枚見つかった。思い立ったように店に入ると、駄菓子の棚へ向かい、10円の棒状のスナック菓子を2つ手に取った。サラミ味とたこやき味だ。カウンターのおじさんに商品を見せ、「20円」という言葉に反応して10円玉2つを置いた。


 購入したスナックの袋を破りかじり始めると、今度は店の右側が気になった。以前はプラモデルなどが並んでいた棚が無くなり、そこにはゲーム機が何台か置いてあった。清二はスナックを食べながら奥へ向かうと、中学生らしき少年2,3人がゲームで遊んでいるのが見えた。後ろに回り込んで見てみるが、先日のゲームセンターとは違い、見たことのあるゲームがほとんどだった。シューティングゲームもアクションゲームも、スペコンで遊んだことのあるものや、遊んでみたかったものばかりだった。


 清二は店内を物色し、ゲームに興じる上級生達に少し煙たがられながら、どんなゲームが置いてあるのかを一通り確認した。そして、一つの作品に注目した。「ペルセウスの凱歌がいか」というRPGである。ゲームセンターでお目にかかることはなく、遊んでみたかったが誰も持っていなかった。何より、主人公が死んでも城からやり直しになるため、ゲームオーバーが無い。50円で何時間もプレイできる。


 そうとなると、やることは決まった。清二は次の日から学校から帰っても遊びに出かけず、祖母や祖父の手伝いをし、弟の面倒を見て過ごした。小遣いは毎日もらえるわけではなく、こういった家の手伝いなどをすることでもらうことが出来た。そうして、やってきた週末の日曜日。清二の手には300円ほどの現金が貯まっていた。


 もはや何の店なのか分からない近所の店。おじさんが1人で営業していて、駄菓子屋とクリーニング店とゲームセンターが併設されている。名前もなんというのか、看板もすでに剥がれていて不明だった。


 その店のガラス戸を開けて店内に入った清二は、右奥のゲーム機コーナーに向かうと、奥から3番目にあった筐体に向き合った。「ペルセウスの凱歌」ギリシャ神話に登場する英雄ペルセウスの冒険譚をベースに、オリジナルな設定やエピソードも加えて作られたコマンドRPG。


 背もたれの無い低い椅子に腰掛け、清二は家から持ってきた水筒を筐体の上に置いた。ポケットから取り出した小銭は全て50円玉で、これは前日までに崩してあった。1枚をゆっくりと投入口に流し込むと、すぐにスタートボタンを押した。


 画面に表示されるキャラクター名称を入力する画面。上部には4つの*が並び、下部にはひらがな46文字とともに濁音や半濁音の記号、そして拗音などとともに、「もどる」と「おわる」があって4文字のキャラ名が設定できる。


 清二の名は、平仮名にすると濁音記号を足して4文字となる「せいじ」。ペルセウスをモチーフにした、勇者せいじの冒険が始まった。


 最初の街を出て、周辺でレベル上げをする。経験値とお金を稼ぐ、RPG特有の最初の作業だが、これをゲームセンターでやっている人間は日本広しと言えど、おそらく清二くらいだろうと思われた。だが、家ではゲームが出来ない清二にとって、これはとても貴重な機会だった。


 この店を訪れる者は大半がクリーニングを利用する婦人が多く、洋服を持ち込む者も引き取る者も、等しく出入りしていたが、そのピークはどうやら午前中のようだった。


 日曜とは言え、ゲームコーナーにやってくる者はほとんどいなかった。町外れのこの店までゲームをしにくる者はやはり珍しいようだ。


 誰も来ないのは、清二にとっては好都合だった。人気のアクションゲームやシューティングゲームをやる者が多い中、ゲーセンでRPGをやるというのは、冷静に考えるとちょっと変に見える。何より、誰も来ないほうが冒険に没頭できたし、もし自分を知ってる人に目撃されたら、ちょっと恥ずかしく感じるかもしれない。でも、変だと思われても別に良かった。ここでやる以外に、清二にはもう場所がなかった。


 そんな風にして、静かなゲームコーナーと、出入りの激しいクリーニングコーナーが対照的なまま午前中が過ぎて行き、やがて昼の時間となった。清二はふと我に帰り、クリーニング受付のカウンターまで歩き、壁の時計を見上げた。すでに12時30分を回っていることに気づくと、急にお腹が減ってきた。


 旅が順調にここまで来ることを考えてなかった清二は、一度戻って昼食を取ることにしたが、そのために羽織っていたジャンパーを脱ぐと、筐体の画面の上に被せた。そして、カウンターの向こうでテレビを見ている店主にこう言った。


「おじさん、ちょっと家でご飯食べてくるから、俺のやってるゲームそのままにしといて!」


 店主は清二の右手が指差す先をチラっと見たが、特に頷いたり返事をするといった事はなかった。


 店を出て、眼の前の大通りを向こう側に渡る。それから空き地を過ぎて3軒ほど行った先にある古い家が清二の家だった。土日でも親たちはおらず、祖父母が弟にミルクを飲ませるなか、用意してあったそうめんを啜る。10月に入り、季節はもう秋だったが、清二の家の昼飯はそうめんのことが多かった。祖母に苦労をかけないようにと母が朝に茹でて出かけるのだ。


 清二はもうそうめんに飽きていたが、文句を言えばすぐに叱られる。大鍋に盛られたそうめんを2度3度と箸ですくい、立て続けに啜って腹を満たし、食べた食器を流しに持っていった。


 そのまま玄関で靴を履き、再び冒険の地へと向かった。後ろから祖母が何か言っていたが、よく聞かずに空返事をしながら、清二は家を後にした。


 戻ると、中学生らしき3人組が、脱衣麻雀をやっていた。見ると清二の台の椅子は無くなっており、麻雀台を囲む少年の1人が座っていた。清二は何事も無かったかのように、隣の台の椅子を引き寄せると、それに腰掛けて旅を再開した。


 午前中にある程度の強さを得た清二は、各所で聞き込みの旅を続け、旅の目的であるメデューサの居場所を聞きつける。アテナから授かった盾がないと石化する、というNPCからの情報を元にアテナを訪ねて盾を授かると、神ヘルメスからは剣と靴をもらい、とうとうメデューサの元にたどり着いた。NPCのヒントもあり、盾で石化攻撃を防ぎながら、攻撃を繰り返して少しずつダメージを与え、初見ながらもメデューサを討伐。


 しかし、それから次の中ボスであるケートスに挑むも、全く歯が立たずにやられてしまう。2戦3戦と立て続けに敗北し、レベル上げもあまり効果が見られなかったことで、清二はふと思う。メデューサ戦で何か取るべきアイテムがあったのでは?


 清二がもう少し大人で、ギリシャ神話を読んだことがある少年なら早くに気づいていたのかもしれないが、そもそもメデューサの首を取ってくるのが王からの命令だったことを思い出す。


 清二は道のりを引き返し、倒したメデューサの元へと戻ると、そこにはメデューサの死体が残っていた。それを調べると、予想通り「メデューサの首」が手に入った。これが次戦のキーアイテムだったのだと気づいた清二は、もう一度ケートスの元を目指した。


「メデューサの首」を使った結果、ケートスは石化して何もできなくなり、一方的に攻撃して見事な勝利となった。


 激戦で少し疲れた清二は、ポケットから50円玉を1つ取り出すと駄菓子コーナーの棚に向かった。一番右奥に置かれている冷蔵庫から赤色のパレードを取り出し、カウンターの店主に代金を渡した。店主は引き出しから出した栓抜きで栓を抜きながら、壁の時計を一瞥した。


 瓶を握って、ゴキュゴキュと飲みながら外を見ると、辺りはもう暗くなってきていた。清二の手応えではもうすぐラスボスのはずだ。清二も一度時計を見た。まだ6時過ぎであることを確認すると、ドリンクの瓶を持ったまま筐体に戻り、改めて気合を入れ直し、最後のスパートをかける。


 ケートスを退治したことでアンドロメダを救出した清二は、ポリデクテス王の元へ戻ることにする。本来はメデューサに返り討ちにされることを期待して、その退治をペルセウスに命じた王だったが、期待どおりにならなかったことを知り、その正体を現すのだった。


 帰還した王城はおどろおどろしい雰囲気に包まれており、明らかに旅立った時とは違う。神話を読んでいない清二は意表を付かれたものの、最近出た別のゲームで最初の中ボスが実はラスボスだったという話を友人から聞いていたので、似たパターンなのだと納得した。


 姿を変えた王城は、巨大なダンジョンになっており、ラストダンジョンにふさわしい難易度となっていた。回復薬を駆使しながら、敗走を回避しつつ、道中迷いながらもなんとか進む。そして、5つ目の下り階段を降りた時だった。長い長い廊下が見え、両脇には等間隔で並ぶ燭台がある。きっとこの先にラスボスが居るに違いない。


 そんな確信を確かめるため、一歩一歩と進んでいくペルセウスこと勇者せいじ。どうやらラスボスと思われる禍々しい人影が画面上部に見えた時だった。ブンッ、という音と共に筐体の画面が消えた。それは「ペルセウスの凱歌」だけでなく、隣にあったブロック崩しやシューティング、昼間は中学生がやっていた麻雀ゲームも全てに同時に起きた。


 何があったのか理解できない清二は顔を上げて店内を見回すと、今度はゲームコーナーの蛍光灯がブツッと一斉に消えた。反射的にカウンターのほうを見た清二の目には、壁際でコントロールパネルを操作している店主の姿が見えた。


「おじさん!ゲームまだやってたのに!!」


 この言葉を受けて、店主は何事も無かったかのように、ゆっくり振り向いた。


「今日はもう閉店だよ。また来週来な」


 まだ蛍光灯の消えていないクリーニングエリアを見ると、壁の時計は19時を回っていた。


「店は8時までじゃないの??」


 再びゆったりと反応する店主。


「日曜は7時までだ」


 清二の知らなかった事実が突きつけられ、一言も返すことが出来なかった。急に訪れた絶望感に苛まれながら、清二は筐体に置いていたパレードを飲み干すと、空ビンを冷蔵庫の脇のケースに入れた。それからガラス戸を開けて店を出ると、秋の夜風が冷たく頬を撫でた。


 清二は手に持っていたジャンパーを羽織ると、なんとも言えない気持ちのまま、重い足取りで自宅へと歩き出した。


 こうして、勇者せいじのある日の冒険が終わった。夏が終わって秋が過ぎ、季節はもう冬に近づいていることを、吐く息の白さが告げているようだった。

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