兄がみつけた攻略法
カウンターの向こうで、若い店員が先輩と思える中年のメガネの店員と話している。若い店員の表情は先程よりも曇り、そして完全に曇ってから、こちらを向いて歩き出した。
もう結論は見えてしまった。3度ともほぼ同じような流れを見ていれば、小学生の
「申し訳ございません。すでに予約でいっぱいで、次の入荷分もいくつ入荷するか分かっておらず、追加の予約もお受けできないようでして……」
『
「やっぱり今日は無理そうだし、もう諦めたら…?」
母の無慈悲な言葉が義夫の現実を鮮明に映し出している。そんなことはもう百も承知だ。でも、どうしても諦めたくない。もっと早くに言ってればよかったのか?でも、発売日が決まって発表された時も、地元のゲームショップでは、当日入荷するか分からないと言われた。今日入荷しているかもしれないが、ただ、あの店は店主がいじわるだから買いたいと思わなかった。
『リヴァイアサンオデッセイ
「隣町にもう一軒ホビーショップがあるよ」
兄の言葉は義夫に希望を与えたが、母からはまた突き放すような言葉が放たれた。
「隣町まで行ったら、帰るのがもっと遅くなるじゃない。母さん、夕飯の買い物もしなくちゃいけないんだからね」
車を運転するのは母で、店を提案するのは兄。父が帰るまでというリミットがある中で、ミッションに使える時間はグイグイ減っていっていたが、後部座席で座っているしかない義夫はとても無力だった。
左折すると思った車は、そのまま反対車線に入り、右に曲がって進みだした。どうやら隣町に向かってくれるらしい。母さん、と喜びの色で発した声を聞き、母は、もう一軒だけね、と呟いた。
国道を走る軽自動車は義夫の願いを乗せて時速50kmで隣町のホビーショップへと向かっていた。その店はショッピングセンターに併設されていて、近隣では比較的大きかった。本屋やゲームセンターも並んでいて、お金さえあれば1日過ごせるくらいだった。
車が駐車場に止まり、義夫は左側の後部ドアを開けると、急いで店に向かった。一人にさせるわけには行かず、兄もそのあとを付いてきていた。だが、店に入る前に義夫が立ち尽くしているのが見えた。追いついた兄は、入口横に置かれた立て看板に大きく書かれた文字を見た。
(リヴァイアサンオデッサイIII売り切れました。次回入荷未定)
下を向いた弟の肩をポンと叩いて、兄は言った。
「一応聞いてみようか?」
しかし、義夫は動かなかった。それを見た兄はそのまま一人店内に入り、3分ほどで戻ってきた。
「次回分の予約もできないんだってさ。発売日は個数が多いけど、その後は少ししか入荷しないって。やっぱり近所の店に通うほうが良さそうだな」
義夫は無言だった。やがて踵を返して車に向かってとぼとぼと歩き出した。その後、兄もまたゆっくりと歩きだした。
義夫は小学校3年生で、いま9歳だった。兄の
車に戻り、後部座席に座った義夫は、一言も喋らないまま動かなくなった。
「どうだったの?」
母は状況を読み取れたはずだけど、それでも聞いた。全く応えようとしない義夫を見かねたのか、兄が代わりに、なかった、と答えた。
母は少し悲しい表情のまま、車を発進させようとした。
「仕方ないわね。ここまで来たから、ブルーガーデンで夕飯の買い物してくわよ」
ブルーガーデン、と兄は小さく呟いた。それから、車は駐車場を出ていこうとしていた。右折してさらに遠くへと向かう。ブルーガーデンはもうちょっと先にある複合商業施設で、大型のスーパーマーケットとホームセンターが併設されていて、敷地内には屋台もあり、たこ焼きやアメリカンドッグが売られていた。昔はよく来ていて、休日の昼下がり、家族で外食したあとにたこ焼きをみんなで分けた。
そんなことを兄の仁は思い出していた。しかし、それだけではなかった。
「母さん、スーパーじゃなくて、最初にホームセンターのほうに行ってもいい?」
「いいけど、なんで?」
「みたいものがあるの!」
うなだれる弟と、疑問が消えない母とは対象的に、兄はどこか希望に満ちた表情をしていた。
それから5分ほどで、車は広い駐車場に入り、沢山の駐車スペースの中から、東側のスーパーマーケット前のスペースに止まった。
「母さん買い物するから、こっち側に止めるわよ」
兄はうなだれる弟の手を引き、ホームセンターの入口に向かった。母もまた、車に鍵をかけて後に続いた。
ホームセンターは入口までが園芸用品のスペースになっていて、鉢植えが大きなものから小さいものまで並んでいた。仁は義夫の手を引いて入口まで来ると、そのまま駆け出した。入って左のほうに進む前に、振り返って手招きしてみせ、さらに奥へと走った。義夫は気分が落ち込んだままだったが、兄が楽しげに誘導するので、渋々ながらついて行った。
店内左側の中央に置かれた大きなショーケースの前で、兄は待っていた。
「はやく、はやく!」
兄の声に急かされ、義夫はあまり気乗りしないながらもそちらに向かった。何か代わりのおもちゃでもあるというんだろうか。とにかく、別のものじゃ誤魔化されない、という強い意志だけは、幼いながらも持っていた。
「ほら、見ろよ!」
兄が指差す先を、義夫はゆっくりと見上げた。そこには、巨大な水龍を前に主人公と仲間達が並ぶ
「すいません」
「はい、お待ち下さい!」
シャツにベスト姿の若い店員はキビキビと動いて手に持っていたスプレー缶を正面に向けて棚に置き直すと、キビキビとした動きで仁の元にやって来た。
「あのリヴァイアサンオデッセイは予約のものですか?」
仁が指差すと、店員はショーケースの中を確認して答えた。
「いえ、お買い上げいただけますよ。出しましょうか?」
「お願いします!!」
若い店員は腰につけていたキーホルダーチェーンを伸ばし、ショーケースの鍵を開けると、棚の一番上から赤い箱を取り出した。後ろにあと2つあるのが見えた。
「こちらになりますが、お買い上げでよろしいですか?」
はい、と二人は力強く頷き、店員のあとをついてレジへと向かった。大金だからと予算を預かっていた仁が財布から1万円札を取り出し、4200円のお釣りを受け取ると、包んでもらった袋は義夫に渡した。弟はそれを両手でしっかり掴むと、入口付近にいた母の元に走っていった。
「母さん、買えた!!」
「ええ!?良かったわね、あんなにあちこち回ってもなかったのに…」
驚いた表情を浮かべる母の疑問に、すかさず兄が答えた。
「母さんがブルーガーデン寄るって言ったとき思い出したんだよ。I を買ってもらったのってこの店だったなって、それで、もしかたらIIIも売ってるんじゃないかって!!」
機転を利かせて得意げな息子と、それによって満面の笑みを浮かべるもう一人の息子。先程まであんなに暗かったのに、と思いながら、兄のおかげで訪れたハッピーエンドに気を良くした母は、夕飯のおかずを唐揚げからトンカツに変えることを決めたのだった。
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