『堕天使』と『魔物』の間で……⑤

「騒々しいわね……何事なの……?」


 入ってきたのは、三隈明香みくまさやかだった。

 教室の空気が一瞬にして凍りつく。

 次の瞬間、『G』はまるで古代兵器が主を見つけたかのように、まっすぐ彼女に向かって突進を開始する。


「チャコ! 逃げてっ!」


 親友の颯月が鋭い声を放つ。


「ちょ、待てよっ! よりによって三隈さんに!?」


 弓弦もついに狼狽した。女子生徒人気ナンバー1、『完璧超人』の弓弦であっても、女子生徒の中でも絶大な存在感を示す明香に睨まれたら、タダでは済まない。その事はコミュニケーション能力の高い弓弦は百も承知している。


「ま、まるで……猛牛が真っ赤な布に突っ込んでいくようになっているぞ!」


 真人が椅子を蹴って立ち上がる。


「い、一体どういうことだ……? ヤツは逃げるでも隠れるでもなく『光の魔女』に自ら挑もうとしている……!」


 理人も目を見開き、汗をにじませるが、その表情が閃いた。


「そうか……! あれは『恐怖』ではない、『魔物の本性』だ! 闇が光に惹かれ、滅びを覚悟で挑む――まさに闇と光の宿命!」


 真人は唾を飲み込みながら、視線を明香と『G』の間に行き来させた。


「くっ……なんという因縁だ……!」

「それこそ光にまつろわぬ者の纏いし宿痾しゅくあとでも言うのか!?」


 完全に傍観者となり、利いた風な言葉を並べ悦に入る真人と理人。まるで『どこぞの塾』の二人組のような様相を呈している。


その時だった。


「きゃあああああ!」


 女子生徒達の新たな悲鳴が響く中、『G』は次なる戦術に打って出た。まさかの羽根展開である。


 ブワサアアアッ!

 扇風機の強モード並みの風圧が教室内に吹き荒れる。『G』の狙いは明らかだった。風圧によるスカート捲り上げめくりあげ作戦……いわゆる『天然パンチラ製造機』と化すという、実に下劣ゲス極まりない戦法である。

 そのプリーツスカートが、無慈悲な風圧に煽られて舞い上がり始め、白い肌が露になる。


「甘いわ……」


 明香の冷徹な一言が響く。

 彼女はスカートの裾を押さえるでもなく、むしろ姿勢を低くしてバランスを取ると、まるで格闘ゲームの必殺技のように脚を水平に振り回した。その動きは流れるように美しく、そして容赦がなかった。


「はああああっ!」


 気合の入った掛け声と共に繰り出された回し蹴りが、『G』の側面に直撃クリーンヒットする!

 カキーン!とまるでメジャーリーガーのホームラン級の打球音が響き、直後『G』は教室の窓から入口へと放物線を描いて吹っ飛んだ。

 その軌道は見事なまでに美しく、物理の教科書に載せたいレベルの完璧な弾道だったが、現場は騒然となっていた。


「うわあああああああ!」

「飛んでるうううううう!」

空飛ぶGエアボーンGだああああ!」


 宙を舞う『G』を目撃した生徒たちが、さらなる恐慌状態に陥る。もはや地上を這い回るだけでも十分恐ろしいのに、今度は三次元の立体機動である。

 しかもコレは巨人ではない。まさに悪夢の進化形だった。


 その時だった。


 パシンと乾いた音と共に、空中の『G』が突然静止した。


「えっ……?」


 生徒達の驚愕の視線の先にいたのは一人の男子生徒だった。


「何……だと?」

「またしても『堕天使ルシファー』……!?」


 2バカコンビの目が釘付けになった。

 明香の直後に入口から現れた久遠友瑠くおんともるだ。

 彼は明香の動きを察知していたかのように、絶妙なタイミングで片手を差し出し『G』を無言で受け止めていた。

 その表情は相変わらず無表情で、まるで空から降ってきたのが枯葉かのような冷静さだった。


「恐るべきは『光の魔女』と『堕天使ルシファー』」

「アイコンタクトで連携プレー……」


 言葉を交わすことなく意思疎通ができる、まさに息ピッタリシンクロの連携が存在していた。


「…………」


 友瑠は静かに『G』を見つめる。その視線は、まるで「君、騒がしいね」とでも言いたげな、静かな威圧感を放っていた。


 次の瞬間——

 ミシミシミシ……


 友瑠の握力が徐々に強まっていく音が、シーンと静まり返った教室に響く。その音は、まるで古い家屋がきしむような、不吉な前兆を告げる効果音だった。


 そして——

 バリバリバリバリッ!


 木端微塵に砕け散る。『G』だったもの・・・・・は、プラスチック片と金属片を撒き散らして完全に粉砕され、細かな破片となって床にパラパラと落下した。

 友瑠の手の中には、もはや何も残っていない。


「…………」


 まるで何事もなかったかのような顔で、友瑠はどこからともなく箒と塵取りを取り出す。その動作はマジシャンのように自然で、まるで最初から道具を持っていたかのように手際が良い。


 サッサッサッと、無駄のない動きで残骸をかき集める友瑠の手際は、まるでどこかネズミの国の清掃員のようだ。

 やがて彼は塵取りに集めた『G』の残骸を確認すると、無言で踵を返して、そのまま教室を去っていく。その一連の動作、わずか47秒。


「…………え?」

「…………何が起きたの?」

「…………夢?」


 呆然とする生徒達。友瑠のあまりの手際の良さと圧倒的な処理能力に、現実感を失っていた。

 まるで『G』など最初からいなかったかのように静寂が戻った教室で、明香だけが小さく微笑みながら静かに呟いた。


「……完璧なコンビネーションだったよ……友瑠クン……」


 その呟きが、この一連の騒動に対する、最も的確な感想だった。確かにスカートは揺れたが、その奥は何重もの防御布で完全にガードされているから下着を曝け出すような失態はしない。それが真の『完璧超人』三隈明香だ。


 そんなざわめきの中で、2バカコンビは慌てふためいていた。『G』という外敵が駆除された今、原因の追究が始まるのは必至だ。

 どう考えても、この流れは不味い。

 真人と理人は同時に膝をつく。


「我等の、全火力が……無意味……」

「防御値、インフィニティ……」


 その時、不意に明香が彼等を見て僅かに口角を上げた。しかし、それは決して笑顔と呼べるものではなく、氷でできた剣のような鋭さを示している。


「こういうの……良くないと思うな……」


 その声色は、氷点下の冷たさを帯びており、すぐに氷の微笑は、愕然としている弓弦にも向けられる。

 三人は全身の毛穴が開くのを感じた。


――バカな……ニュー〇イプとでも言うのか?


 こうして、異能観測同好会の『復讐作戦』は、またしても無残に幕を閉じたのであった。

 だが恐怖は終わらなかった。


「……で?」


 という低い声と共に、背後から影が差す。

 耳に覚えのある、凍えるような声音が降ってきた。


「あわわわ……」


 恐る恐る振り返れば、そこには『粛清天使』こと、ひかると玲子が立っていた。

 不敵な笑みを浮かべ、拳の骨をコキコキと鳴らしている。


「ねぇ……私達が何だって?」

「粛清タイムよね?」

「うん、今回は……長くなりそうね」


 低く静かなその声が、彼らにとって死刑宣告に等しいものだと悟るのに、一秒もかからなかった。


 そして、お約束のお仕置き展開が始まる。

 玲子の鋭いハイキックが、理人の視界いっぱいに迫る。


 「これぞ純白の輝きが放つ浄化エナジー! 我、無垢となりぬ……ぐはぁ!」


 その瞬間、理人は鼻から噴水のような勢いで鼻血を吹き上げ、白目を剥いたまま、崩れ落ちた。

 真人もひかるの放つ壮絶なボディブローで沈んだ。

 そして、昏倒する二人の額に一枚の紙貼られた。


“反省文400文字詰め原稿用紙で200枚提出のこと!  風紀委員会”


 彼等の不毛な闘争は明日も続く。




                  <Continued in Episode 3>



【本編はこちらです】

「ノーアドバンテージの恋だから」

https://kakuyomu.jp/works/16818622173221692478

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