第三話

開戦!納豆カレー事件……①

 放課後のメディア部の部室は、いつもながら雑然としていた。

 壁際の棚には使い古された三脚やビデオカメラが山積みになり、机の上には誰が持ち込んだかも分からないプリントや半壊したマイクが転がっている。


 窓際の椅子は脚が一本折れかけ、もはや家具というよりもオブジェに近い。そんな空間の隅で『懲りない面々』がひそやかに陣取っていた。

 数々の悪行(?)を繰り返し、反省文8万字を書いた筈の『異能観測同好会』がメディア部の一角を陣取っている。


 即ち、偉大なる我等が暗黒領袖にして、漆黒の虚無と星々の狭間に君臨する異端の覇王、永遠に封印されし災厄を片手間に解き放ち、次元の裂け目に己が名を刻む、破滅を喰らう観測者、新谷真人しんたにまひと

 そしてその傍らに連なる、影を以て影を統べ、深淵より深き深淵を覗き返す鏡像の叡智、虚構と真実を弄び、混沌の彼方に笑いを響かせる、千の異能を観測し万の黒歴史を記録する者、古谷理人ふるやりひと


 彼等こそ、破滅と救済の境界に立つ二柱、世界を観測し世界から観測される者等だ。封印図書館の管理人にして、禁断の校内放送を勝手にジャックする電波の覇者、異能観測同好会!

 而してその実態を誰も知らない秘密結社。メディア部に巣食う寄生虫。

 この者共は、今日も今日とて、くだらない計画を本気で実行に移そうとしていた。


「ついに時が満ちたのだ」


 低い声で呟いたのは真人だ。彼の手には三つの銀色の袋。どれもスーパーの特売コーナーで見かける、4パック幾らのプライベートブランドの激安レトルトカレーである。


「見よ、大佐殿。これぞ我らが叡智の結晶、三種の『聖遺物アーク』! ビーフ! ポーク! チキン!」

「うむ。かくも物価高で調達コストが高まっている今、我等はついに決起の時を迎えたのだ」


 真人は誇らしげに三つを掲げ、まるで聖剣を抜き放った勇者のように振りかざした。

 袋は安っぽい印刷で、しかも「虚無を食らう者よ、ルーのみを堪能せよ!」という中二心を擽る宣伝文句が堂々と記されている。つまり固形の具材は無い……そういう事だ。

 それを聖遺物アークと呼ぶセンスは、さすが中二病としか言いようがなかった。


「フハハ……運命の刻は来た!」


 真人の隣で理人が頷く。その目は異様なまでに真剣だった。


「この三つの遺物を統合し、我らは究極の真理に至る。人類を支配するのは剣でも銃でもない……そう、カレーだ!」


 彼等の前には、小さなカセットコンロと鍋が置かれている。このコンロをどこから持ち込んだのかは謎だが、二人は迷いなくこれを使おうとしていた。


「校則? 知ったことか」

「粛清の天使どもは、部活の練習中だ」

「『秘されし闇のヴェール』を垣間見ることは叶わぬが、此度はそれすらも凌駕する!」


 真人と理人は鼻で笑い、銀色の鍋を撫でる。


「禁断の炎こそ、究極の味を錬成する媒体。我らの錬金を止められるものなど、この学園には存在しない」

「その通りだ大佐殿! このカレーこそ覇道の鍵! ビーフの濃厚なる闇! ポークの馥郁たる力! チキンの軽やかなる翼! この三位一体の融合こそ、人類を一つにする統合の錬成術だ!」

「ならば究極カレーは、世界を統べる王者の証なり!」

「さあ、点火の儀だ」


真人がカセットコンロの点火スイッチを回そうとしたその時だった。


「あれ……ここで晩ご飯? 精が出るね?」


 ふと、低く静かな声が部屋の隅から響いた。

 二人はびくりと肩を震わせる。振り返ると、タブレット端末とカメラを提げたジャージ姿の男子生徒が覗き込んでいた。もちろん彼等がラスボス認定している久遠友瑠くおんともるだ。

 普段は目立たず、気配すら消してしまう陰に潜むステルスな存在。だが秘密結社の二人にとっては、別の意味で恐怖の象徴だった。


「り、理人氏……聞いたか……!」

「む……あれは……『堕天使の囁き』……!」


 此奴等は顔を見合わせ、同時に青ざめた。


「まさか……『真なる堕天使』リアル・ルシファーが、我らの秘儀を封じに来たか!」

「くっ……結界はすでに破られていたのか!」


 真人は震える手でコンロを抱え、理人は鍋とレトルトカレーを搔き集める。


「撤退だ! ここはすでに汚染されている!」

「了解! 『聖遺物アーク』を確保せよ!」


 椅子をひっくり返しながら、二人は荷物を抱えてバタバタと部室を飛び出していった。ドアが閉まると同時に、部屋は静けさを取り戻す。

 残されたのは、机に座り直した友瑠だけ。彼は小さく肩を竦めながら、タブレットの画面をタップする。そこに映し出されたのは料理研究サイトの記事だった。

 タイトルにはこう記されている。


“激安レトルトカレーを名店の味にする凄技”


 友瑠は指でスクロールしながら、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「比率だの融合だの……結局、答えはもっと単純なんだけどな」

「どうしたの、トモッチ?」


 メディア部で記事の執筆や校正を担当している同級生の『千早優里ちはやゆうり』が、静かに部室に入って来て怪訝そうな顔をする。友瑠同様ジャージ姿なのは、運動部の取材を一緒にしていたためだろう。

 友瑠の事を「トモッチ」と呼ぶ数少ない存在であり、先日の『G事件』では、恐怖の余り失神してしまった大人しい女子生徒だ。


「うん……ほら、あの『新古コンビ』だよ。お腹が空いていたみたいで……」

「そ、そう……」


 頷きながら優里の顔が引き攣った。先日2年C組で発生した『G事件』は、彼女にとって精神崩壊級のダメージを与えてしまっていたようで、真人と理人には恐怖を抱いている。


「それでもあれだけアクティブに動けるんだから、本当に、無駄に体力あるなって……まるで……」

「その先は、もう言わなくて良いから!」


 優里が盛んに首を左右に振るが、友瑠の表情には、明らかに『?』のマークが浮かんでいる。


「あ、いたいた! ユーリにクオンジ・・・・、遅いよ~!」


 二人の同級生でインタビュアーをしていた『涼風茉里愛すずかぜまりあ』がやはりジャージ姿のまま、部室奥の打ち合わせスペースから顔を覗かせた。

 目鼻立ちがはっきりとした美少女で、緑掛かった黒髪が印象的で、多くの女子生徒から憧れの眼差しを受けている。


「次の校内誌の編集会議始まってるよ。さっきの取材を纏めなきゃだし」


 茉里愛が手招きしている。


クミン・・・は、撮影データを出して。ユーリは記事のノートをお願い」

「いや俺は久遠くおんなんだが……クミンってカレーかよ……」


 しかし、彼女は友瑠の姓を覚えきれていないのか、一度も正しい呼び名で呼んだことはない。

 優里が戸惑うような視線を友瑠に向けると、友瑠は処置無しとばかりに、肩を竦め笑顔を見せる。


「……っ!……」


 優里が、慌てて銀縁の眼鏡のフレームを直しながら、そっと友瑠のジャージの袖を掴み引っ張る。小豆色の髪に隠れ俯いたその表情を窺い知ることはできない。

 しかし、その顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まっていた。

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