第30話 運命 *律視点
「マジであり得ないんですよ」
「……だから悪かったって」
談笑する振りして元部下にガチ説教されるとか、これどういう状況なんだよ。
美尊は他の招待客と楽しそうにしてる。下向いて反省する振りしてたけど、笑ってたのバレて火に油。何でも言い合える関係になればとは思ってたけど、ちょっと……言い過ぎじゃね。
「本当に。あの仕事の鬼はどこに行ったんですか。驚かされることばっかりなんですけど。……この結婚も、僕のことも全部気付いてたみたいだし。あなたどこまで分かってたんですか?」
「えー……」
どこまで、と言われると、分かってたことは意外に少なかったりする。相田のことに関して言えば。
「……お前が美尊に“また”、って言ったのはわざとだったこととか?」
「……そんなこと言いましたっけ、」
「はは、白々しいな」
「………」
失言とはいかないまでも、今後会える可能性がほぼ無さそうなあの場面で。それも美尊に言うところが引っ掛かった。彼はにこにことした表情を変えること無く、グラスに視線を落とす。ほら、お前は簡単に綻びを見せないから。
「美尊への忠告と、……あとは俺が気付くか試してたろ」
「……試すなんて人聞き悪いですよ」
「悪趣味だって言った方が良かったか?」
「より悪くしてどうするんですか」
方法はどうでも、それがこいつなりに出せたヒントだったのかなとも思う。おかげで発信器には気付いたよ。でも気付いたのが湾岸都市に着いた時だったのは、俺の落ち度。潰してペットボトルの中に沈めて、空港のゴミ箱に捨てたんだけどな。
「あなたも、人のこと言えないじゃないですか。どうせ盗聴器にも気付いてたんですよね? わざわざイチャついてるとこ聞かせるとかホント性格悪すぎ、」
「録音してんなら買い取るわ」
「は? 本気で言ってます? 聞いてられなかったんですぐ切りましたよ」
「えー、残念」
茶番はいいから早く説明しろと、急かすように視線を向けられるから、仕方なく続ける。そんなおもしろい話でもないよ。お前も途中から知ってる通りだと思うけどな。
「あの時は、社長がやったと思ってたんだよ。だから乗り込んだのに違うって言うし、お前もいなくなってたみたいだし。……で、それなら他の財閥か企業か。どことつながってんのかわかんねぇけど、その時の俺の立場じゃなんにもできない。だから最終手段とっただけ」
「実家が財閥4位の橋ノ宮家とか、誰が想像できると思います? 瀬川って偽名だったんですか」
「瀬川は母方の姓なんだよ。家出たのはまぁ……反抗期っつーか」
敷かれたレールの上を歩くことの苦痛は、よくわかるつもりだ。かけられた期待と重圧で押し潰されそうになって、自分を守ることすらキツくなるのも。
だから、帝華グループの令嬢が失踪したことを聞いたとき、その経済的価値よりも同情してしまったことをよく覚えている。逃げるしかなかった彼女を見つけた時。揺さぶられた濁流のなかで、彼女を囲うことを通して昔の自分を救いたかったのかもしれない。
「仕方なくだよ。頼れんのそこしかなかったから」
首都国のトップ企業の副社長、なんて肩書きが見事に作用して。跡を継げとは言われなくなったけど、面倒な話は帰ってからも案の定。帝華グループやその令嬢についての情報教える代わりに、縁談受けろって脅迫じみた交換条件出してくるもんだから。
「一か八か。美尊に書かせてた婚姻届見せて、帝華グループの娘と結婚するつもりだってハッタリかました」
いやそんなわけねぇだろってなりそうだけど。でも婚姻届は本物だし、令嬢の名前や筆跡は本人だっていう鑑定書までつけたもんだから、真っ向から否定するヤツがいなくなったわけで。じゃあどうやって出会ったかってのが疑問に残るだろうけど。
「そこは相田が動いてくれたから。お前こうなること、なんとなく予想できてたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょうが。驚きすぎて逆に冷静になってただけですよ」
そうだったかな。本田家に挨拶に行った時、やたら思考にふけって死んだ目してるなとは思ってたけどアレ、思考停止してたのか。そのわりには俺らの嘘の出会い説明する時、偽キューピッド役ノリノリでやってたくせに。お前のせいで俺、美尊の父親に喰えないメンヘラだって思われてんだぞ。
「でも綱渡りですよね、それ。美尊さんが家に連れ戻されてなかったら……」
「それまでだと思ってたよ」
彼女の家からすれば、俺の家の地位は喉から手が出るほど欲しいものだろうけど。俺の家としては、新興勢力がさらに力を伸ばすわけだし、財閥の均衡も崩す元となる。美尊自身も非難の火種。こっちからすりゃ失踪してた女押し付けられたように映るし。そりゃあもうすげぇ非難と混乱だったけど。
でも俺は、美尊が良かったわけだから。反対派言いくるめて待ってたよ。ずっと。会いたかった。
「……結局またあなたの下で働くなんて、思ってもいませんでしたよ」
「長い付き合いになりそうだよな」
「はぁ……胃薬は経費で落としてくださいね」
「ストレスの根元みたいな言い方やめろよ」
そろそろ他の招待客に挨拶に行かないと、周囲に様子をうかがっている人間がさっきからちらほら見えている。よろしくな、と返して離れようとすると、下を向いていた相田が顔を上げて、ふっと口元をゆるめた。
「ちゃんと、幸せになってくださいね。二人で」
「……あぁ」
向けた足の先に、誰より望んでいたあの子が俺に気付いて、微笑みを返す。現実であるその光景に、伸ばしかけた手が少し震えた。それを知っていたかのように、小さな手をのせて強く掴んだ彼女は。
「待ってましたよ、律さん」
美しくあるその全てが、俺を掴んで離さない。
この瞬間を迎えるまでに待たせたことは、数えきれないほど出てくるだろうけど。それでも、一つずつ向き合っていきたいと思う。
これを偶然と言うにはあまりにも幸福で、残酷だ。
出会ってからここにくるまでいくつもあった選択が一つでも違えば、こんな未来は無かった。家に置いたことも、殺せなかったことも、逃げたことも、縁談も。小さなことを挙げればキリが無いけど。
時間を重ねるごとに強くなるのは、理由なんか求めるまでもない。ただ美尊がいればいい。どうしたって惹かれるなら、抗わないでそのままに。
ひどく夢見がちなことを考えるようになった。今までじゃあり得ないことばかり。
……あぁ、でも。
それもひっくるめて全部があるべきことだったのなら。
それはきっと、運命とでも言うのだろう。
Million dollar 千景 もも @8chikage
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