第29話 そんなつもりじゃなかった *律視点
「り、律さん……いい加減離して、」
「……まだ」
「さっきからそればっかり……、やめてって言ってるじゃないですかぁぁぁ!!」
だめですってば、なんて涙目になって必死に押し返すその反応。皮肉なことに、余計に離したくない原因になってんだよ。言い訳すると俺おあずけ食らってたし。限界なんかもうとっくに越えてるし。いつまでも待てが通用すると思うなよ。
「……いいの、離れて」
「き、聞き方がずるいんですよ……」
「どっち」
「……そりゃ離れたくはないですけど!! でもこのあと、っん」
「じゃあいいだろ」
「よくは、ないですよ……」
余計なこと考えんなよ。式も披露宴も終わってやっと一息ついたと思ったら、今度はうちが主催するお披露目パーティーがあるとかなんとかジジイ共が言ってたから。そんなことでなんで俺がまたお預け食らわなきゃなんねぇの。ただ酒飲んで騒ぎたいだけだろうが。
それでも主役がすっぽかすわけにはいかず、取り敢えず美尊がドレスを脱いでしまう前にと控え室に急いだら、それだけじゃ終われなくて今に至る。別に節操無しな訳じゃないことは弁解したい。
でも、入ってきた俺を見ると、にこーってわかりやすいくらい嬉しそうにして抱き付いてきたから。
「……いいか、もう」
「へっ……?」
綺麗だとか可愛いだとか。思うことはたくさんあるに決まってるけど。浮わついたセリフでカッコつけるのはまた今度にしよう。今伝えたところで心配されるだけだろうし。なんてことを抱きつかれたその数秒で考えて。そういう時の判断は早い。
首裏を支えて上を向かせれば、俺の意図に気付いたのか、琥珀を縁取る長い睫毛を伏せる。
……慣れないままでいいと思ってたよ。でも、こんな仕草一つでさえ見える。こうして心を開いて受け入れるまでの、積み重ねた関係が。
「……律さん?」
「うん?」
「し、しないんですか」
「いいよ、しても」
「えっ……」
自分から、なんて前はとてもじゃないけどできそうになかったくせに。震える指先が俺の頬に触れて、それが引き寄せるように動くから、近付ける。それでもある身長差を埋めるように背伸びした彼女の、柔らかな熱がそっと俺に渡されて。
「……うまくなったな」
「律さんとしかしたことないですよ!?」
「いや……そうじゃないと困るんだけど」
今さら他に相手がいました、とか言われたら当分立ち直れる気がしない。
俺だけが知る彼女の甘さをより感じたくて、離れていく間を惜しむように重ねる。舌は入るけど深すぎないくらいの。少し離して呼吸が整うのを待とうと思っていれば、掴んでいた俺の腕を引き留めるように力が入った。煮立つような甘さの琥珀が、視線一つで心のうちを焦がしてくる。
……頭沸きそう。
そういう顔にくらりとする。自覚無いとか知るか。からかってたのに本気にさせるのは、いつだってお前だよ。力が抜けていく彼女をソファへ預けて、緩やかに溶かしていく。流され気味だったのに、その背中に当たった感触で一気に現実を思い出したようで。
「じかん、ないんですってば……っ!」
「そう、」
「……ぜったいわかってない……、」
逃げようとして背中を向ける美尊の腰抱いて、赤くなった首筋に唇寄せて。
……なんか前もあったな、こんなこと。
音立てた時にビクつかせる肩とか。腕から抜け出そうと掴んでる手も力入ってないし。本当に抵抗する気あんのかな。そんな顔で行った方が色々やばいと思うけどね。乱交パーティーじゃねぇんだから。
「そんな心配しなくてもいいよ。疲れてるから遅れるって言ってる」
「えっ……」
だったらなんで教えてくれなかったんですか、って言われてもなぁ。嘘だし。まぁ説明する理由があるとして。必死に耐えてるのが可愛いから、とか。ギリギリなの見ててわかんないわけないし。お前の限界引き上げたの誰だと思ってんだよ。
その不安要素からくる拒絶の糸をぷつんと切ってやれば、理性から欲に傾いたのか、一気に色を纏う。
期待したような目と、そろそろとこちらに向き直る体。わかりやすいくらいに示される行動が、言葉で言わなくともよく伝わる。
「さぁ、なんでだろ」
「ほんっと、……」
悪魔だのなんだの、好きに言えばいい。俺がどんな性格してようが、ここまで受け入れてくれてるこの子に隠すものは、もう何もない。
「あぁそうだ。声、出してもいーけどバレない程度にしとけよ。意外に壁薄いから」
「は?………いやいやいや、」
「んじゃ、いただきます」
「ちょっと!?」
夜でさえ待てなかったっていうね。
ちなみに途中で相田が呼びに来てたけど。扉開けかけて目が合ったから手で払うと、呆れた顔して出てった。後に、こんなところでしかも昼間から襲うとかマジ節操無さ過ぎだって怒られたのは、なんか笑った。
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