第28話 Million dollar *律視点
正直、怖かった。
いなくなったのは、俺に愛想尽かしたからじゃないかって。
ずっと会うの断られてたし。入場の合図で開いた扉の先の彼女は、想像よりずっと綺麗で。だけど俯くのは、この結婚に前向きじゃないからだと分かって、自分に言う資格はないと思ってた。
「夢、ですかこれは……」
でも今、俺を目に映して、会いたかったって泣いてる美尊を見ると、どうしようもなく溢れる。
現実味がないと思ってるのは、俺も一緒。いっそアレがただの悪夢だったら、この幸せをちゃんと噛みしめることができるのに。ふわふわと、高揚したままで。目の前のことすら靄がかった物語の中にいるみたいだ。
ただ、美尊だけが鮮明な色彩をもってして目に映りこんでいる。きらりと彼女の耳元で光るものが、嬉しくて堪らない。式の途中とか周りが見てるとか。そんなことが全部どうでもよくなるくらいに、美尊を感じたくて。
「美尊、」
あの日返ってこなかった呼び掛けに応えてくれることが、どれ程嬉しいか。知らないだろ。ださいと思われたくないから泣かないだけで。ほら、カッコつけなきゃいけない時ってあるから。
でもたぶん、表情筋緩みまくってる。感情を制御するのは得意なはずなんだけど。それが無力になるくらいくれる全部が嬉しいから、小さなことでも応えたい。端の方で笑ってる相田が、やばいこと察知したみたいに顔をしかめた。ついで式場内のプロジェクターを起動させて、混乱引き起こして視線集めてくれてる。さすが元部下。
そっと手を取って真っ直ぐに見つめれば、いつかのように一瞬にしてその琥珀に囚われる。
「本田美尊さん。俺と、結婚してください」
長い前置きはいらない。喜んで、と滴をすべらせながら微笑んで抱き付いてくる美尊を、強く抱き締め返す。互いの顔が見えてないから、少しだけ溢れてしまった目元を拭った。
一度は、この手で消そうとした。だけど手放すことなんて出来なかった、彼女との未来。それはどんなものより価値がある。一億だとか明確に表せるものじゃなくて。どれだけ積もうが全然足りないんだ。本当に、溢れてしょうがない。
「勝手にいなくなんな、バカ」
「ごめん、なさい」
一つくらい恨みごとをぶつけたくもなる。お前のせいで感情ぐちゃぐちゃだよ。苦しくないわけがない。だから、当分俺の傍にいてとか言いそうになるんだけど。そんな縛り方はしたくないから、こうして抱き締めることでしか表せない。
「……わたしも、さびしかったですよ」
「そ、っか」
この苦しさの一部でも伝わればと、思っていた。でもこいつは、最初から。俺の理不尽さも執着も一方的な欲も全部受け止めた上で、伝えてくれてたのか。
「……すごいな、お前」
「えぇ……? なんか、呆れられてる感じですか」
「いや、素直に感心してるだけ」
「わ、わからない……」
褒めることってあんまりないから、こんな言葉でさえ穿った見方されんの俺のせいでしかないよな。よくもまぁこんな天の邪鬼を、と思わなくもないけど。弱さをさらけ出すことにはまだまだ抵抗があるけど、その誠実さを少しは見習おうと思って。
「なぁ。……俺のことだけ考えて、って言ったら。どうする?」
「嬉しいだけですよ、それ」
考えた分ちゃんと構ってくださいねって。何その可愛いお願い。でもどうせ仕事とかしてると、気を遣って甘えたりしないんだろ。たまには悪い子でもいいよ。惚れた弱み、というより、美尊の全部に弱いだけの話。
極論、裏切られても最期の瞬間まで好きだって言ってそう。……困らせるのわかってるけど、でも伝えずにはいられないんだと思う。割りと本気で考えてしまっているから、救いようは無い。確かに俺は変わったよ。だけどここまできたらいっそ清々しい。
言葉で伝えることでこんなにも彼女の気持ちが見えるなら、悪くないと思う。それならと開き直って囁くのは、俺を変えてくれた彼女に何より知って欲しいこと。
「愛してるよ、美尊」
責任持って、一生かけて伝えてやるよ。
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