第21話 日常 *律視点

「で。どこに行ったらいいですか?」

「そうだな……」



 逃げることは完全に勢いだったから、何かを用意しているわけでもない。どこに行くかというよりも、まずはこの地域から離れることが先決だろうから。空港まで頼んで、後は状況を見ながら。



「すみません、ここまでですけど」

「いや、助かるわ」

「それならよかったです。……では、お幸せに」

「……ありがとな」



 色々と言いたいことはあるが、あいにく時間も差し迫っている。俺たちを送っていた空白の時間だって、こいつからすれば短い方がいい。



「相田さん、ありがとうございました!」

「いえ、……じゃあまた、いつか」

「はい、では!」



 行こうか、と声をかけると、彼女が部下に向けていた愛想笑いから、パッと分かりやすく笑顔になって駆け寄ることに優越感を抱く。……単純だよな、と思う。


 情報やグループの拠点をもとに、ひとまず決めたのは湾岸都市。時間的にも距離的にも、あとは人もそれなりに多いから、紛れるには好都合。極力頼りたくは無いが、一応のツテもあるし。


 ……まぁ一番は、提案した時に嬉しそうにしてたのが大きかったりする。



「ごめん、勝手に決めたけど」

「いえ、私もここ、いいなと思ってたので。それに律さんと行けるなら、どこでも楽しいですよ!」

「……そう」



 ……いや、なんて返したらいいんだよこれ。


 いつもなら軽口くらい返せるはずなのに。でもなんか、はっきり気持ちを認めてしまったせいか、抑える方に意識が向いてしまう。


 目的地に着いたとして、滞在出来るのはきっと長くても3日ほど。できるならすぐにでも次に行かなきゃ危ないんだろうけど、ここでなるべく情報を集めたいのと、美尊が観光したそうだったから。着いてすぐホテル行きたいって言うのは可哀想だなと思って。


 まぁ1時間くらいならということで、少し外を歩くことになったんだけど。



「………」

「……食べる?」

「!!」



 ねだることはしない。ただ、気になるものがあると大きな目をまん丸にして、じーっと見てる。きらん、て効果音付きそう。それも食い物ばっかり狙ってんの笑える。聞くと、いいんですかってすげー嬉しそうな顔で振り返るから、……なんか、頭撫でたくなった。


 自分で払おうとするのを止めさせて買って渡すと、お先にどうぞって遠慮してる。……めちゃくちゃ欲しそうな顔してるけど。甘えるのそんなに下手じゃないくせに、ここで分かりやすく言わないのがいいよな、て思うのはたぶん俺の好み。



「いいよ、食べて」

「!! ありがとうございます……!!」



 ぱくついて熱そうにしてて、俺が見てるの気付くと恥ずかしそうにしながら美味しいですって笑う。……日常の中の幸せなんて、諦めたはずなのに。仕事抜きで二人で出掛けるとか、何気に初めてかもしれないと今更ながらに気付いて。



「で、デートみたい……」

「みたいじゃなくてそうだろ」

「あ……そ、そうですね……」



 マジで可愛いな。


 自信なくてごまかすっていうバレバレな駆け引きが、美尊らしい。自分で言ったくせに、肯定されるとうつむいてじわじわ赤くなっていくの見てるとさ。構いたくもなるだろ。


 こういう健全な付き合い方とか何年振り、ていうか下手したら経験無いかも。悪くないよ、そういうの。でもまぁ、不純な思考が無いと言ったらそれはまた別問題なわけで。



「律さん次こっち、……っ!」



 行きたいとこいっぱいあるの分かるよ。珍しそうにしてはしゃいでんの可愛いし。でも俺のこと忘れんなよ、ていう嫉妬とも言えないような幼い感情がわいてきて。


 人通りが少ないとこになると、もういいか、って。



「……なんで、急に……、」

「したくなったから」

「自由すぎますよ」

「……だめ?」



 ずるい言い方してる自覚あるけど。触れる寸前まで近付けて、待ってみる。ふる、と揺れた睫毛。間近にある瞳が、俺をよく映している。戸惑うように視線をさまよわせながらも、糖度の高くなる琥珀。


 ……あぁ、これ。押したら応えてくれそう。



「あ、悪魔だ……」

「……久しぶりに聞いたわ、それ」



 恐る恐る視線を合わせて、あの、って訴えるように見つめられたから、何も分からない振りしてなにって返す。はは、困ってる困ってる。教え込んだこと、思い出せよ。



「~~っ、目、閉じて、」

「うん、」



 期待通り。そっと頬に触れるのと、唇に吐息までは感じるんだけど、そこからが長い。


 落ち着こうとしてんのか下向いて、でも赤い顔上げてまた頑張ろうとしてるから。



「! り……っん、」

「……ごめん、待てなかった」



 結局こうなる。俺の負け。

 ……いつから逆転したんだか。

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