第20話 わかってるよ *律視点

「どこに行くつもりですか」

「………、」



 頭に向けた銃口をカチャリと鳴らし、部下は静かに問う。


 おおかた監視役でも命じられていたのだろう。裏口から出ることを読んでいたのは、今まで教え込んでいた賜物だろうか。皮肉なもんだな。


 下がってて、と美尊に目配せをする。銃身を掴み上に発砲させて、腰からもう一丁銃を取りだそうとする隙に、腹を殴る。少しガードがゆるんだから、腕を捻って床に押し付ければ、舌打ちが聞こえたきた。無駄に苦しませることはないように、気絶しないくらいの最低限の負荷をかける。



「っ……分かってるんですか。そうするってことは、」

「分かってるよ。……全部、分かってる」

「………」



 命令に背き、会社を裏切ること。部下の制止を振り切り、銃を向けること。この子を選んだこと。


 それから、今後のことも。



「……ごめんな、相田」



 天秤にはかけ難いほど大切なもの。今までは悩むことすらなかったけど。だけどどちらも手に入るなんて思ってない。選択を迫られた土壇場で気付いたことは、あまりにも要領のわるい情動。歯を喰い縛る彼の目は、どうして、と強く訴えている。



「良くないって分かってんだけど、……見逃してよ」



 いつから変わってしまったのか。

 切り捨てられていたからこそ、俺は強く在れたのに。


 多分それがある限り、俺は弱さを持ったままで。それでも手放すには、大きくなりすぎた存在。あの子に視線を向けると、不安げに瞳を揺らして、手を強く握りしめている。こういうのあんまり見せたくないけど。守ると言って連れ出した手前、今後も避けられないんだろうなと思う。


 相手を思いやりましょう、なんて。


 そんな道徳的なこと、お前がいなきゃ残ってたことすら気付かなかったよ。言葉で相手を支配するのなんて、得意だと思ってたけど。でもそれじゃ不安なんか尽きないままだ。余裕が無いことを嫌でも理解する。


 ホステスなんて接客業だし、自分で働けと言ったくせに他の男と話すなとか。露出少なくして欲しいけど言えないから、わざと見えるとこに痕つけて隠させてるとか。あわよくば隠し切れてなくて、他の男に見せ付けてたらいいなとか。思うから、コンシーラーでも全部消えませんようにってくらい濃く付ける。


 痛がるけど、やめろとは言わないあの子の優しさに付け入って。


 慣れるまで教えてやる、なんてのはただ都合よく言い換えただけの建前だ。だけど一応の名目でもなきゃ、これにどんな意味があんの。何が正解かなんて分からない美尊は、全部受け入れる。どんなに酷いことをしようが泣かせようが、制止を無視して愛そうが。律さん、って来た頃に唯一教えたことを繰り返して、ふわりと笑うだろうから。


 すげえ罪悪感だよ。それでも、困らせたいって思うのに、まだその笑う顔が見てたいとか。矛盾した自分の欲をどうするかは、その時の美尊の答え次第だったりするけど。


 結局何答えても煽るバカが堪らなく可愛い。もうそのままでいいから。真っ直ぐ俺だけ見てろとか、そんなことを思うわけだ。


 多分こんなことを考えてた時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。



「……本当に、いいんですか」

「…あぁ」



 相田は長い息を吐き切ると、わかりましたよ、と無抵抗を示すように片手をひらひらとさせる。物騒な襲撃をしてきたくせに、やけにあっさり引いたことに違和感を覚えるけれど。……まぁ、命令があれば淡々とこなすヤツだしな。


 解放された体を起こして汚れを払う様子を見ていると、彼はぶっきらぼうな物言いで。



「行く宛は、あるんですか。車なら出しますけど」

「いいの?」

「いいですよヤケクソなんで」

「……ストレス溜まってる?」

「誰のせいですか」



 当たり強いんだけど。なんだかんだ送ってくれるらしい部下に礼を言って、不安そうに成り行きを見ていた美尊にもう大丈夫だと声をかけると、泣きそうな顔で抱き付いてきた。



「律さんっ、本当に、大好きです……!!」

「? ……あぁ、はいはい」

「冗談じゃないですよ、」

「分かってるって」



 一緒に逃げるって言ったって、どうせ本当のところ不安だったんだろ。安心させるように応えていると、ヤケクソな部下は気に入らなかったようで。



「ちょっとそこのバカップル。早く」

「あ……す、すみません、」

「ごめんって」



 呆れを全身で表現しながら、心底うざそうに乗り込むことを促された。数年続いていたこの部下の送迎もこれで終わりだと思うと、少し感傷に浸ってしまいそうになるけど。



「後部座席だからってイチャつくのやめてくださいよ。胃もたれするんで」

「イチャつくの前提にすんのやめろよ」

「……あなたどんな顔して彼女見てるかわかってて言ってますか。デレッデレ」

「……いいだろ、別に」



 ……それ台無しにするくらい清々しいよな、お前。



「デレ、デレ……?」

「最大の疑問符付けてんじゃねぇよ」

「本田さん。この人、会社じゃ圧強すぎてまともに話しかけられるの、僕か社長くらいしかいないんですよ」

「おぉ……それ、社会人としてどうなんです?」

「アウトですよね」

「うるせぇよ」



 結託すんな。お前ら俺に恨みでもあんの?

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