第13話 弱み *律視点
「……まだ言わないの」
「ぜったい、いやです!」
頑固。ほんと頑固。
いつもは簡単に言うこと聞くくせに。肝心なことはなんにも言わない。目ぇ合わせて圧かけんのなんて初手でやった。でもここで落ちなきゃ九割ダメなのもわかってる。わかってて甘やかして落とす方法に切り替えたけど、ここまで意志が固いこと、今まであったか。こんなに焦らしてんのに。こういう時、焦らされてんのはいつも俺の方って。
「なんでそんな嫌がるんだよ」
「恥ずかしいからに決まってるじゃないですか」
「?……この格好以上に恥ずかしいことなんてあんの」
「させたの律さんでしょうが!?」
上からだと一方的に支配してるみたいだったから、引っ張りあげて膝の上にのせて、俺の首裏に手を回させた。この距離で見るのも新鮮でいいな。表情が丸分かりで、投げかけた言葉への変化がよくわかる。
……なぁ、あと何秒見つめたら答えてくれんの。いじめんのも楽しいけど、そろそろ明確な言葉がほしいんだよね。
「……俺、そろそろ限界なんだけど」
「何がですか」
「それ聞く?」
「……やっぱりいいです」
からかうように返せば、何かを察してすぐに引いた。意外と空気読む力があるのは感心するけど、そのちょっと引いた目、やめてくんね。何を想像してんだか。
「はぁ……なんかもうねむい」
「じゃあはやくやめましょうよ」
「それじゃ意味ないだろ」
意地になってきてるのは認める。絶対言わせようとするのに、なんでこいつは全く思い通りにならないのか。状況からして俺にバレてることもわかってるじゃん。ここまで整えて言わないって、あと何が足りないの。勇気? んなもん人一倍あんだろ。
交換条件出してもいいけど、それじゃあまりにもつまらない。それに出すくらいなら、絶対的な告白でも強請った方が釣り合いがとれる。やったところでなんもおもしろくねぇけど。無理やり言わされた無機質な言葉より、感情込みで自分から出た言葉、てのが大事なのに。
……あともうちょっとな気がするんだよな。
それがやめ時を先延ばしにしてしまう原因でもあって。次をどうするかな、なんてことを考えながらなんとなくふにふにと頬やら唇やらを触ってみる。特に人の耳食ってホルモンだとか宣ってた口には、個人的な恨みがある。根に持つ方だよ、俺は。
「りっ、……りつさん、ゆる……して、」
「……、」
……あーあ、泣かせた。
赤くなってじわって目の縁に水が溜まり始めてたから、感情の濁流が限界越えたんだろうな。
……正直、言うと。美尊にこういう顔をされると、それ以上は踏み込めなくなる。本来の目的より、泣かせたくない感情の方が一気に大きくなる。それはきっと、俺がそこに弱いって知ってても敢えて出来るような器用さはないことを分かっているからこそ、やられるわけで。
「……分かったよ」
「あり、がと……ございます、」
俺のせいなのに俺に救われたみたいな安心しきった顔をするところ。それ見てもっと困らせたいと思って、流れていく涙を唇で受け止めて、そのしょっぱさを共有するように重ねた時に、俺に救いを求めてすがるところ。現に今がそう。追い詰めてんのは俺なのに、拒むどころか背中に回させた腕はすがるように強く抱き締めてくる。
「っふ、……んん、」
鼓膜を揺らす、甘い声。濡れて濃い蜜のように熱っぽい目と、俺のと混ざり合う中でも残る彼女特有の柔らかな匂い。刺激の強いそれらに、くらりとする。
あれほどほしかった言葉より、わかりやすいくらいの行動で示してくんの、なんなの。
「……ずるいよな、おまえ」
「……?」
結局は何もかもに弱いんだよ。
でも諦めは悪い方だからさ。ふにゃりと力が抜けている彼女が力尽きる前に、最後に一回だけのつもりで言ってみようと思って。ダメ元だけどちょっと期待しなくもないくらいに。
「なぁ。美尊は、誰が気になってんの?」
「………」
睫毛を二回ほど揺らしてただ見つめるだけだから、もう反抗する気力も無さそうだと思っていると。
「……言ったら、」
「ん?」
「言ったら、嫌いにならないですか……?」
これまでとは違った感じの答え。期待が滲まないように、努めて優しく、言葉を選びながら。
「ならないよ。言われたら、俺は嬉しい」
「じ、じゃあ、……」
「……うん、」
きゅっと口を結んで一度下に視線を逸らした後、もう一度、今度はしっかりと俺と目を合わせてふわりと笑う。
「……律さん、好きです」
「……え?」
待って。どういうつもり。
そこまでは予想してなくて、問い質そうにも本人は力尽きたように夢の中へ。肩を揺すっても起きないから、完全落ちてる。またかよ。ずりぃだろ、それだけ言って逃げんのは。
もう一回言わせたい気持ちと、この顔を見られたくない気持ちと。
「……あぁクソ、」
本当に、本当に弱い。
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