第12話 気になる人
「も、持ってたんだね……」
「……すみません……」
タイミングが悪すぎる。
表示を見ると、案の定“律さん”の文字。悪魔はこんな時でも私を困らせるようだ。抜かりない。すぐに出なきゃと思うけど、目の前の人を無視するわけにもいかない。
「あの、嘘を吐いてしまって申し訳ないんですけど、……その、気になってる……人が」
「気になってる人?」
怪訝そうに聞き返される。思わせ振りなトークのためではなく実際に言うとなると、本人の前でもないのにかなり恥ずかしい。でも本人の前じゃないからこそ言えることでもある。
……でもこれ、律さんのパートナーとして来たんだから律さんからですって素直に言えばよかったけど。なんで謎に含みをもたせちゃったんだ。
「はい、えっと、……そ、その人からのでんわ、出ても、いいですか?」
「あ……ど、どうぞ」
「!! ありがとうございますっ……!!」
セルフ公開処刑だよ。
伝えると、なぜか一瞬体を強ばらせた後に、視線を彷徨わせてあっさり引き下がってくれたお兄さん。え、何かまずいことを言ったかな。尋ねようとすると、早く行ってください、と吃りながら言われたので、頭を下げて会場の扉へ向かう。
すぐに電話を折り返しながらホールを出たところで、急に腕を引っ張られた。
「あ、律さん!! どこにいたんですか」
「外。……来んの遅ぇよ」
「えぇ……?」
機嫌が悪いのか、眉間に強く刻まれたままの皺。さらに引かれて乗り込んだエレベーターでも緩まることはない。それなのに雑に抱き寄せられたことでさえ心が動くのだから、だいぶやられてしまっているのだろう。……ていうか息。息できないよ、そんなに押し付けられたら。
「っすみませ、……ちょっと、話してて」
「見てたよ」
「……え?」
見てたよ……?
どこのホラー演出ですか。じゃあ何か? 電話掛けたのもわざとってことですか?
なんのために。絶対困るって分かってるはずなのに。……あぁいや、確かにあの時のお兄さんの焦り様、この人が見てたの気付いてたなら腑に落ちるところもあるけど。
でもそれ以上の何かがありそうなのが律さんって人で。
「ひ、ひどい……」
「そんなことより。誰、気になってる奴って」
「……なんで知ってるんですか」
「いいから。誰?」
私の絶体絶命ピンチをそんなことで片付けられ、穴に埋まりたいレベルの発言をしっかり拾われるなんて聞いてない。一番聞かれたくない相手に筒抜けって、何事? 私の尊厳破壊も大概にしろ。
対して悪魔の質問をする律さんは、さっきまでの強い圧が霧散している。……もう分かってますよねそれ。少し前までの不機嫌な表情は嘘だったのかと思うほどの変わり様。いや、たぶん嘘だった。
「……よくいい性格してるねって言われません?」
「褒めてくれんの」
「褒め言葉に変換されるそのメンタルすごいですね」
「相手の逃げ道奪うにはこれくらいのメンタルがいるんだよ」
「………」
……もう、いいじゃないですか。逃がしてくれても。
充分恥ずかしいって。この悪魔に容赦という言葉はないらしい。そういや“泣く子も黙る鬼の副社長”がどうたら、とか話しかけてきた人が何人か言ってたな。例え方、昔話かよって思ったけど、共感できちゃうんだよなぁ……。
「ま、続きはここでじっくり聞くわ」
「……じっくり、ですか」
「そう、じっくり」
音が鳴って、開いたエレベーター。
それすなわち、私の心肺停止音。ピーーー、って。ドコドコいってた拍動が限界突破した。じっくり、という言葉で尋問が確定した瞬間、幻聴だって信じたかった。
カードキーで開けられた部屋に押し込まれれば、高級ホテルらしく白を基調とした、柔らかな照明で統一された立派な部屋が広がる。スイートルームって、期待を裏切らないですよね律さん。予約とってたの、誰と行こうとしてたんですか。……なんてことは聞けない弱虫なので。
「うわぁ、高級ホテルすごーい……」
「……家の方が良いだろ」
「それ言っちゃダメです」
はしゃぐ振りして距離をとろうとすれば、いつかのように視界は反転し天井を映した。
……ベッド、ふっかふかだな。
心の着地は大失敗だけど。
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