第2話 地獄行きワンマン列車
「あぁ、忘れてた。良いニュースってそれのことな」
「え、どこが? 何をどうしたら良いニュースなんか、」
「……あ”?」
「どういった経緯でこのようなことになったのか、お教え頂いてもよろしいでしょうか」
睨まれればズシャッと崩れ落ちるように即土下座。プライド? そんなもんとっくに投げ捨てたに決まってんだろ。
私の反応を見ているのかそうでないのかは見えないので分からないが、おー、と応える声は非常に楽しそうだ。
「無一文が一億払うのにも期限が決まってんだよ。そんな時に家賃払ってる暇、あると思う?」
……ないけど。ないけども。
答えが一つしか思い浮かばないような問いは、誘導尋問のような気がしてならない。
「住み込みしながら外でも死に物狂いで働け。稼いだ金は全部持ってこい。代わりにお前の生活は保証してやるよ」
「……わぁーい」
……いや、いらねぇよ。そんな世界一安全な生活保証。
逃げんなよ、と楽しげに付け足された言葉は蛇足だと思うんですよ。最悪トんで行方くらますか、なんていう最終手段まで閉ざされたんですが。逃げたら最後、どうなるかなんて深く考えるまでもない。
「……いや、でもこれ、」
「ん?」
不自然な点でもある。
家賃も生活費もこの人が持ってくれて、私の稼いだお金が返済に全振りできる、とかさ。お手伝いさんほしいとかいう理由があったとして、でもそんなプラスにならないんじゃないかな。この人からすれば、家に置くなんて殺されるリスクが上がる事だってあるだろうに。話が良すぎないか。
そこまで考えて、先ほどのこの男の言葉を思い出す。世の中そう上手くはいかねぇのって、含みをもたせた言い方。
もうさ、知りたいよね。
地獄行きワンマン列車の切符持ってんだからさ。せめてこれから行く地獄の全貌くらいは把握しておきたいじゃないですか。そんな気持ちを込めて、目の前の悪魔に尋ねてみる。
「あなたに、メリットがあるとも思えませんけど……」
「メリット? あー……まぁな」
疑って聞いてみれば、一瞬不思議そうな顔をした後に微妙な相槌を返し、ふいっと顔を逸らされた。
……あの、まぁな、ってなんですか。
ズバズバと地獄へご案内していた男が、初めて言葉を濁すって。怖すぎるでしょ。言葉を待つように見つめてみるも、そっぽを向いて死んだような目で床のタイルをなぞっている。
「……え? 本当に理由、ないんですか?」
どんな裏があるんだと勘繰っていたものだから、拍子抜け。ただ返済を早くして欲しいだけ、なんて優しさがあると思えるほど、おめでたくはない。
「……なんか、絶対酷いことされそうな気がする……」
「暴力は趣味じゃない」
さっきパーン言うて拳銃チラつかせた男が何言ってんのかな。説得力ゼロだよ。
喜ぶとこじゃないの、と言われたって喜べなくさせてるのはこの人のせいじゃないでしょうか。ボロ雑巾のようにこき使われまくって野垂れ死にコースが頭に浮かぶ。この数十分で思い知らされた。これまで過労死まっしぐらだと思っていた仕事が真っ当に思えてきた。なんてマジック。社長帰ってきて。
「……、……うさんくさい」
「思ってても口には出さねぇんだけどな、フツーは」
せめてもの抵抗だ。
教えてくれないならとジトリと見ていると、不機嫌そうな顔になって頭をがしがしと掻きだした。そこからふーっと長い長い溜め息の後に上げた顔は、完全に目が据わっていた。
……思わず背筋が震えて、後退りしてしまうような。仮面を被るように細くなった濃紺の瞳に、光は見えない。
場の支配が、一気に男へと傾いて。
「そんなに不安ならしてやるよ。酷いコト」
……やっべ、地雷踏み抜いた。
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