第9話 白兎
「白兎」
何なんだ、こんなはずじゃなかった。
完全に迷い込んでしまった。
その場所は、丘の上にある。
川をいくつか渡り、そして、駅から東へ
線路沿いに、少し歩いた所にある。
狸かむじなでもいそうな。
入り口出口が小さい。
人が一人入る分しかない幅で。
誘われて来た、舞台見物だ。
入り口出口が狭い所を入る。まるで小動物の住処だ。
初めて訪れてみたものの、本当に狸かむじなが住んでいるんでは。
恐る恐る下へ向かう、人一人分幅の急階段を下りる。
黒いカーテンというより、仕切り布を右手側へ払い、中へ入る。
すぐそこが、椅子が、並ぶ、階段状に。
右側には何も物が置かれてはいないが、舞台のようだ。
全体が黒く塗りつぶされている。
穴蔵の暗さにもだんだん目も慣れてくる。
スモークがたかれているようで、薄暗い照明に埃が
上から下へ落ちていく様子がよく見える。
何か、生き物の気配がする。
決められた席へすわる。
何が始まるんだ? 身動きを制限され、辺りは暗くなる。
顔を白く塗りたくったのが出てくる。
赤いのも出てくる。 青いのも出てくる。
なんという生き物だ。
私は、座ったまま動くことを禁じられているので、そばに行って
確かめるわけにもいかない。
人の皮を被った生き物もまじっている。
体中の毛を抜かれた白い生き物が、滑稽で所狭しと動き回る。
楽しいというより面白く、場内は笑いで時々空気が揺れ動く。
余り考えることもなく、意味もわからず、仕舞いになる。
やっと開放され、這うようにして急階段を上り、外の空気を吸う。
通りの向こう側を制服姿の学生が、群れをなして駅方向へ歩いて行く。
やっと、人の世界に戻ってきたんだという安堵感。
人知れず暗がりの中 蠢いてる
生き物なのか 幻なのか
生きてはいるんだ
叫び声あげ 生きる証明 そこに生きること
私は、体中の毛を抜かれた白い生き物のことが気掛かりだった。
因幡の白兎
南へ向かう路地が見える。
そこを夕日をあび、赤い体になって跳び走る姿が見えた。
どこかに逃げ入る白兎。
─随分、楽しめたみたいだね。
声掛けられ、自分に戻る。
ここは丘の上、川をいくつか渡る。
なだらかに下りて行く道を歩きはじめた。
現実と向こうの狭間 白兎
往来するも 己を見つけ
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