第8話 無花果

「無花果」


向かいの家には無花果の木があった。

人の手のような形の少し分厚い葉をもつ。

葉を千切ると、白い乳のような粘りのある汁が出て、指がべとついて

気持ちが悪かった。


実がつきはじめる。

いつもは、ただの木としか見ていない、

丸い形のものがつきはじめると、急に注目する。


青くて小さいものが、だんだん色も形も変わりはじめる。

青緑に黄色をまぜ、そのうち赤茶色に染まっていく。

そして、空に浮かぶ気球のように、はち切れんばかりの実に成る。


小学生低学年の私は母と並んで、その実を見上げ、話をする。

─いちじく、おいしそうだね、と。


夕方、いちじくが、くる。

その家の窓があいていて、母と私の会話が聞こえていたようだ。


無花果は甘く、中の花が口の中で踊るようにはじけて、汁で満たされた。


私にとって、無花果は幸運の実。

口にすると、心が緩んでいく。

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