二/三
僕はそれから、大学へ進学し卒業後、手品用品のメーカーに就職した。母は、それを喜んで父の位牌に報告した。僕は、自分の選択が正しかったことがわかった。
時折、ショッピングセンターなどに出張して、マジックを披露する機会がある。
うちの商品の販促が目的の、簡単なマジックショーだ。
それでも、そんな社会の仕組みをまだ知らない子供たちが、マジックが見たいと最前列に座り込み、目を輝かせて不思議な世界を堪能している。
子どもが喜ぶのを見るのは楽しい。そういった表情を見ていると、僕はもっと自分の技を磨いて、もっと純粋な喜びのために、親父みたいな巡業をするマジシャンになろうかと思うことも、幾度となくある。
だけど、僕は自分の人生に納得していた。僕はこれでいい。そう思っていた。
仕事終わりの居酒屋。ビールを片手に備え付けのテレビを見ていると、野球中継が流れている。
「いいぞッ斎藤ッ!」
赤ら顔の、作業着を着たおっさんが、テレビに嬉しそうなヤジを飛ばす。テレビには彼が映っている。プロ球団のユニフォームに身を包み、先発投手として登板した彼の姿。今、ちょうど三振を奪ったところだ。
彼は、プロ選手として目覚ましい活躍を果たしていた。
――あれ以降、故障などの話も出ていないと思う。
もはやそれが、僕のおかげだとも思わなかった。彼は彼のレールを歩いただけなのだ。仮に僕があのとき本当に魔法を使ったのだとして――それもきっと、彼の人生の中の必然でしかない。僕は、書き割りの役者のように彼に神秘を一瞬与えただけの存在だ。
それでいい。
彼の活躍を見ていると、僕は満たされた気持ちになった。
彼がドームで先発投手を務める試合を見に行ったりもした。彼は遥か遠くのマウンドで、孤独に戦っていた。
彼が勝利を打ち取ると、音を立てて細長い風船が宙を待った。誰しもが嬉しそうに彼を称えた。そのカラフルな流れ星を見ながら思った。
――なあ親父、僕も賢かっただろう?
僕は、こんなにたくさんの人を救ったんだ。
病院で病名を告げられて、僕は人生の終わりが近いことを知った。
すでに病気は十分すぎるほど進行しており、手の施しようがないという。できることは、痛み止めなどの対症療法だけ。
あなたはまだ若いのに、とても珍しいです。
医者に言われた。珍しいからなんだと言うのだろう。それが何かの免罪符になるとでも思っているのだろうか。
先は短いからと贅沢に個室をとった。
テレビだって好きな時間に音を出して見られるし、窓の外の景色も独り占めできる。
僕は手癖のように、ずっとお守りとして持っているあの日の百円玉を弄びながら、ぼんやりと野球中継を見つめていた。
彼はそこで、日本代表として戦っていた。
病気を宣告されてから、彼に連絡をとろうかと思ったことが、何度かある。そのたびに、そんなことをしても意味がないと思う。
彼は、もう遠くの人。
彼の人生は素晴らしい色に上書きされ続け、もう僕のことは何も残っていないだろう。
そもそも、彼の連絡先なんて、僕は知らない。
それでもいい。
それでもいいと思ったんじゃないか。
僕は泣きそうになった。
もっと生きたいとも、治ってほしいとも思わない。僕はただ――
もう一度だけでいい、彼に会いたかった。
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