五
五
久しぶりの日本だった。長いフライトを終え、空港に着いた時、僕は帰ってきたと思った。
いろんな国を回ったけれど、やっぱり僕はこの国が好きだ。
「お疲れ様です。どうですか、久しぶりの日本は?」
飛行機を降りると、クルーが僕についてカメラを回す。大規模な海外巡業を終えた僕への密着取材だった。彼らは巡業にもついてきて、逐一カメラを回し僕を撮影した。マジシャンの機密的に見せられないところ以外は、僕はほとんどを彼らに見せた。だから、彼らとは一種の信頼関係みたいなものを築き上げることができていた、と思う。
「そう、……ですね。そんなに経ってないですけど、すごく懐かしく感じます」
無難な返答だったかな、と少し思う。もっと気取ったことを言うべきだっただろうか。ちらりと表情を伺ったスタッフが満足そうな顔をしていたので、大丈夫だと判断する。
預けていた荷物がベルトコンベアに乗って流れてくる。カメラで撮影されている僕を、ちらちらと気にしている人がいるのがわかる。何人かは、僕のことがわかったかもしれない。スマホをこっそりとこちらに向けて撮影している人もいる――まだまだだ。そんな手つきじゃ、相手にバレバレだ。もっと、うまくやらなきゃ。
重たいトランクを引き上げて、僕は出口へと向かう。
そこでは、飛行機の、そしてそこに乗っていた相手の到着を待ちわびていた人々が思い思いに準備をして待ち構えている。僕が出口を出ると、視線がバッとこちらに集中する。そしてすぐ、「この人は違う」と判断され、僕の後ろへと視線を送った。
「長谷部さん」
歩く僕に、スタッフが話しかけてくる。いたずらをしかける子供の顔――。
まさか。
僕は視線を正面にやった。
「スペシャル・ゲストです」
ほこらしげに言う声にかぶさるように、
「駿!」
そう、大きな声が空港に響いた。
そこには、斎藤太輔が立っていた。
太輔は大きな歩幅で僕の元へ歩いてくると、
「おかえり!」
そう、言った。
「た、ただいま」
「すごいな、密着取材だって?」
太輔は目を輝かせる。相変わらず、こういうところはまるで子供みたいだ。
「うん、そうなんだ。恥ずかしいんだけどさ」
「いいじゃないか、目立ってなんぼの世界だろう?」
「そう、なのかなあ? そうでもないよ」
「まあいい、とにかく行こうぜ」
そう言うと、太輔はまるでひったくるように僕のトランクを引っ張り、歩き出した。
「え? 行くって、どこへ」
太輔はにんまりと笑う。
彼の運転する車に、僕とクルーが乗り込んだ。彼は左手だけでも、全く違和感のない運転をこなした。
収録の関係で後部座席に座らざるを得ない。後部座席の僕をカメラで、運転席の太輔をスマホで撮影する。まったく便利な世の中になったものだ。
「悪いな、長旅で疲れてるのに」
「いや、……別に構わないけど……」
さすがに太輔はカメラ慣れしており、全く普段と違いない様子で過ごしている。
「お二人はどういうご関係で?」
スタッフが、おそらく段取りにあるのだろう質問をした。
「高校で同じクラスで」
太輔が話す。
「彼は奇術部員でした。部員一人のね」
「ほう」
「それで、放課後に、『マジック』を見せてもらったことがあるんです」
僕はどきりとした。その『マジック』とは、どちらの意味だろう? 手品か、魔法か。
「当時の長谷部さんの腕前はどうだったんですか?」
「いやあ、素晴らしかったですよ。まるで『魔法みたい』でしたから!」
そう言うと、太輔はこちらを一瞬見た。
「魔法ですか」
「ええ、本当に……。だから、今彼が世界的なマジシャンになってるのは、俺にはとても誇らしいです」
「斎藤さんも、プロ野球で大活躍されてましたが、今は何を?」
「今は学生メインで指導をしています。今は出身した高校で監督を」
「そうなんですね」
「いつかもう一度、甲子園に行きたいですね。今度は、あいつらと一緒に」
彼はそう、嬉しそうに話した。
太輔とのスタジオでの対談が終わり、クルーが帰った。太輔が家まで送ってくれると言うので、乗り込んだ車の中で彼は言う。
「驚かせて悪かった。本当は連絡しようと思ってたんだけど、スタッフが内緒だってうるさくてな。でも、いいサプライズだっただろ?」
「――うん。そっちは相変わらず?」
「ああ。こっちは相変わらず。最近は浩太が小学校に上がって」
「そっか、もうそんな年か」
梨奈さんと太輔はあのあと結婚した。浩太くんは、小学校に上がったばかりの太輔の息子だ。
「浩太くんも、そろそろ野球の魅力に気付いた?」
「いやあ、何度もキャッチボールに誘ってるんだけど、断られっぱなしだよ」
「はは、そうなんだ。もったいないなあ。太輔の息子なら、絶対に良いプレイヤーになるのに」
「はは、だと良いけど。そうだ、――梨奈に今日のことを話したら、久しぶりにお前に会いたいって言うんだ」
「梨奈さんが?」
「ああ。だから――本当に疲れてるところ申し訳ないんだけど――もしよければ、うちに来ないか?」
太輔はなんでもないことのように言ったけれど、何か違う意図があるような声色だった。それを必死に隠すように、隠すことを隠すように、彼は言った。
「梨奈が晩ご飯も準備してるんだ。どうかな?」
「うん、じゃあ、お邪魔するよ」
「やった」
車は首都高を降りて、太輔の家へと向かう。
マンションのエレベーターに二人で乗り込んで、増えていく階数表示を見ていると、太輔がぽつりとつぶやいた。
「右手、少し動くようになったんだ」
「そうなの?」
僕は驚いた。
「リハビリもずっとやってるしさ。もちろん野球なんてできないけど――日常生活の補助くらいなら、どうにかなるかもしれない」
「そうなんだ、……よかった」
「もっと喜べよな」
そう言われ、自分が苦い顔をしていることに気付いた。
「いや、ごめん、これは」
「わかってるよ」
エレベーターが、目的の階にたどり着いた。
太輔が鍵を開け、僕を中に招き入れる。太輔の家に来るのは、本当に久しぶりだった。
「あ!」
声が聞こえた。同時に、だーっと走ってきた小さな影が、僕に思い切り衝突する。
「すごい! ほんとに本物!」
興奮した声で言うのは、浩太くんだ。
「とうさんすげー! ほんとにともだちなんだ!」
なんのことやら僕が理解できないでいると、
「見て! 見て!」
そう言って、彼は僕の前に手のひらを広げた。そこには何も乗っていない。
浩太くんはその手のひらを握って閉じ、ふっと息を吹きかける。
僕はそれを、その鮮やかな手つきを見て、ここに来た理由を理解する。
次に手のひらを開くと――
そこには百円玉が一枚、魔法みたいに乗っていた。
もちろんその百円玉には、桜の花が咲いている。
(了)
手品もしくは魔法 数田朗 @kazta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます