第5話 20年後


 ――2045年


 朝6時、太陽の光がリビングに差し込むと同時に、AI秘書が二人の目覚ましを柔らかく鳴らす。

 義光と初音はまだ眠そうな目をこすりながらも、ベッドから起き上がると、自動カーテンが開き、窓の外の景色が広がった。


「おはよう、大輝。今日の予定、確認した?」

 初音がベッド脇のディスプレイに手をかざすと、AIが二人のスケジュールを整理して音声で伝える。


「お、朝一で商社の会議、その後は書類確認、午後は営業先にAIアシスタントと一緒に行く感じか」

 義光は伸びをしながら、カップ一杯のコーヒーを手にする。


 一方で初音は、3Dフードプリンターで作られた朝食を前にして眉をひそめる。

「このスクランブルエッグ、栄養的には完璧かもしれないけど、やっぱり手作りの温かみがないわ」


「まあまあ、便利さには代えられないだろ」

 義光は笑いながらフォークを運ぶ。

「それに、これで俺たち時間が浮くんだ。今日は朝の散歩でもしてみるか?」


 二人は食後、スマートウェアを着て近所の公園へ向かう。

 空には自動飛行タクシーが静かに通り過ぎ、人々はほとんど手ぶらで移動していた。義光は景色を眺めながらつぶやく。

「2035年頃は、朝の通勤ラッシュが大変だったよな」


「便利になった分、考える力は落ちてるかもね」

 初音は少し眉を寄せる。

「AIがすべて管理してくれるんだから、自分で判断しなくても済むでしょ?」


 午前中、義光は商社の会議に出かける。AIアシスタントが資料を完璧に整理し、提案のシミュレーションまで行ってくれる。

「便利すぎて、人間の出番がほとんどないな……」

 義光は半分驚き、半分感心しながらパソコンに向かう。


 一方初音も、事務仕事の多くをAIがサポートしてくれる。書類チェックや入力、請求管理もほとんど自動化され、彼女はより創造的な業務に集中できる。


「便利だけど、これじゃ人間の判断力が鈍るわ」


 初音はモニターを見つめながら、少し複雑な表情を浮かべた。


 昼、二人は自宅でランチを共にする。


「見て、AIが提案した昼食プラン。今日の栄養バランスも完璧だ」


 義光は笑いながら、健康管理アプリを覗く。


「うーん……でも、味気ないわね」

 初音は小さくため息をつく。

「昔はスーパーに行って、材料を選んで、調理して……それも楽しみの一部だったのに」


 午後、二人はそれぞれの仕事を終え、近くの街を散策する。

 街は完全にAI管理下で、安全かつ快適。買い物もAIが個人の好みや栄養状態に応じて提案してくれる。


「これ、便利すぎて自分の感覚を忘れちゃいそうだな」


 義光は笑いながら初音の手を取る。


「それでも、便利になったおかげで、こうして一緒に街を歩く時間が増えたんだから、悪くはないわね」


 初音は微笑む。

 夕方、二人はVR空間で短い旅行を楽しむ。仮想の南国ビーチに座りながら、リアルな風や波の感触まで体験できる。


「現実に行かなくても、この感覚……本当に不思議だな」


 義光は感心して言う。


「でも、やっぱりAIに作られた世界は、どこか味気ないわね」


 初音は少し寂しそうに笑う。

 夜、帰宅してリビングでワインを傾けながら二人は話す。


「結局、俺たちの生活も随分変わったな」


 初音は頷き、窓の外の街の灯りを見つめる。


「ええ、便利にはなった。でも、便利さの裏に、人間らしさをどれだけ残せるか……ってことを考えないと」

「そうだな。でも俺は、この暮らしを悪くは思わない」

 義光は微笑んだ。

「人間にしかできないこと――家族や愛、趣味や感動――それを大事にするためにAIがいるんだと思う」


 二人はワインを傾けながら、未来と自分たちの在り方を静かに噛みしめる。

 2045年の夏、AIに囲まれた生活は、確かに便利で快適だ。しかし、それと同時に人間としての感覚や判断、心の豊かさをどう守るかという課題も、二人の心には確かに残っていた。


 ある夏の午後、義光と初音は街のショッピングモールに出かけていた。

 モールの天井にはAI制御の空調と照明が整備され、ロボットが軽やかに清掃や案内をこなしている。


「ねえ、義光、あれ見て」

 初音が指差す先には、荷物を運ぶ配送ロボットが何台も行き交っていた。しかし、突然一台が足元の段差でつまずき、荷物を落としてしまった。


「おっと……」


 義光は思わず手を伸ばしたが、AIがすぐさま介入し、荷物を持ち上げると、落ちた商品は無事に元の棚に戻された。


「便利すぎて、何も心配しなくても済む……でも、これじゃ人間の判断力は育たないわね」

 初音は眉をひそめる。

「こういうハプニング、私たちが自分で対処してこそ学びがあるのに」


「まあ、でも怪我も事故も防げるんだから、安全性は高まったってことだろ?」


 義光は肩をすくめて笑う。

 次に二人が立ち寄ったカフェ。注文はAIが管理するテーブル端末で完結する。だが、初音が選んだ飲み物がシステムの不具合で、違うメニューとして届いた。


「え……これ、私が頼んだアイスティーじゃない」


 初音は首をかしげる。


「まぁ、こういうこともあるさ」

 義光は肩を叩き、笑いながらカップを手に取った。

「AIも万能じゃないんだな。ちょっとしたトラブルも、まだ人間の判断が必要ってわけだ」


 初音は小さくため息をつきつつも、笑顔を浮かべる。


「でも、こういう小さな失敗があるから、人間らしさを感じられるのかもね」


 帰宅後、二人はリビングでくつろぐ。義光はニュースを見ながら言った。


「今日のニュースによると、街のAI管理下でも、ちょっとした予期せぬ現象はまだ発生するみたいだ。AIが完全じゃないから、人間の柔軟性が重要になるんだって」


「ほら、やっぱりね」

 初音は微笑みながらも、少し厳しい目つきで義光を見た。

「便利になっても、人間が考える力を失ったらダメ。私たち自身が、何が本当に大事か、ちゃんと判断していかないと」


「そうだな」

 義光は頷き、初音の手を取った。

「便利さの中でも、二人で決めることは自分たちで決める。小さなトラブルも、こうやって一緒に乗り越える」


 夕暮れ、窓の外にはAI制御の街の光が揺れる。

 二人はソファに座り、ワインを傾けながら、今日の小さな出来事を笑い合った。


 便利になった2045年の生活。それでも人間らしさや判断力を守ることは、依然として二人にとって大切な課題だった。

 ハプニングがあった日も、二人は笑い合いながら、それぞれの価値観を尊重し合う――AIに囲まれた未来の中で、人間らしい日常を紡いでいくのだった。


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ハピ男のハッピー計画 ジーン @zine2132

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