第4話 15年後-2
2040年の、また別の日。
義光は背広を脱ぎ、リビングのソファに腰を下ろした。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと開ける。
「ふぅ……今日もやれやれだ」
「お疲れさま」初音が冷やしたグラスを差し出し、義光はそこへビールを注いだ。
ひと口あおったあと、義光がぽつりと話し出した。
「今日な、うちの商社で扱ってる資材の在庫管理をAIが全面的に切り替えたんだ。これがすごいんだよ」
初音は興味なさそうにテレビのリモコンをいじりながら答える。
「またAIの話?」
「いや、聞いてくれって。今までは在庫が余ったり足りなくなったりで、営業の俺らが得意先に謝り倒してたんだ。けどAIが天候や輸送ルートまで予測してくれるから、ほとんど誤差ゼロ。今日なんて、納期ギリギリの注文もピタリ届いてさ、得意先にめちゃくちゃ感謝されたんだよ」
義光の顔は子どものように輝いていた。
「これで残業も減りそうだし、正直ホッとしたよ」
しかし初音は、冷静に言い返す。
「でも、その裏で在庫管理してた社員はどうなるの? 自動化されたら、人は要らなくなるじゃない。あなたは営業だからまだしも、倉庫や物流の人たちが職を失ったら……」
「もちろん人は減らされるさ。でもな、完全に切り捨てるんじゃなくて、新しい部署に回して再教育するって話なんだ。実際、AIの予測を人間がどう現場に落とし込むかはまだ人の役割なんだよ」
「……それだって、いつまで保証されるか分からないでしょ。2040年の今でさえ、AIが設計してロボットがロボットを作ってる時代なのよ? “現場に人が必要”って言い訳も、あと何年もつか」
初音の声は、少し険があった。
義光はグラスを置き、少し黙ってから言った。
「それでも……俺は、今日みたいに取引先の笑顔を見られると、やっぱりAIのおかげだと思っちまうんだ。効率が上がって、無駄なトラブルが減って、俺らは本来の仕事に集中できる。AIは敵じゃない、パートナーだって」
初音はため息をつき、テレビを消した。
「あなたがそう思えるのは、今のところ“恩恵を受けてる側”だからよ。でも、もし明日会社から“営業もAIで十分”って言われたら? 私はね、人の仕事をどんどん奪っていくAIに、どうしても未来を預ける気にはなれないの」
蝉の声が、窓の外でひときわ大きく響いた。
義光は何も言い返さず、ただグラスの中の泡を見つめていた。
*
週末の夜。食卓に二人分のワインが並び、窓の外には夏の夜風が静かに流れていた。
「ねえ、聞いてよ」
グラスを軽く回しながら、初音が吐息混じりに言った。
「うちの会社にも、ついに本格的にAIが導入されることになったの」
健司は驚いたように目を見開いた。
「え、ついに? でも、初音のとこって営業事務が多いんだろ? どんな感じで入るんだ?」
「一番最初は契約書のチェック。これまでは法務部が何日もかけてやってたのに、AIに投げれば数分で完了するらしいの」
初音は苦笑しながら肩をすくめる。
「しかも、それだけじゃなくて、受発注の入力や在庫管理も自動化されるって話で……。正直、事務職の子たち、ざわついてた」
健司は顎に手を当てて考え込んだ。
「なるほどな……。俺の職場もそうだけど、AIに任せられるところはどんどん削られてくんだな。でも、それって初音自身の仕事も影響ある?」
「直接はないけど、仕事の流れがかなり変わるの。これまでは人が逐一チェックしてたから、ちょっとした雑談や相談もあったけど、AIが間に入ると“確認だけ”で終わっちゃう。人と人の接点が減って、正直……ちょっと寂しいかな」
初音の言葉に、健司は静かに頷いた。
「でもさ」
健司はワインを一口飲み、わざと明るい声を出した。
「そのぶん初音の負担は軽くなるんじゃない? 残業も減るし、週末も前より元気に遊べるとかさ」
「うーん、そうだといいけどね」
初音はグラスを置き、健司の方を見た。
「ただ、会社としては“余った時間で新しい提案を考えろ”って言うの。つまり、単純作業から解放される代わりに、もっとクリエイティブなことを求められる。人によっては逆にプレッシャーになってるみたい」
「なるほどな……。俺たちの世代って、ちょうど境目にいるんだな」
健司はしみじみと呟いた。
「下の世代はAI前提で育っていく。上の世代は“昔は手でやった”って思い出話が残る。オレたちは、その両方を経験するってわけだ」
初音は小さく笑った。
「そうね。でもまあ、悪いことばかりじゃないと思うの。実際、AIが提案してくれる契約条件の改善案なんかは、人間じゃ気付かない視点が多くて助かるって声もあるし」
「それはいいな。じゃあ――AIのおかげで時間が浮いたら、今度の連休はちょっと遠出しようか」
健司は軽く笑いながら提案した。
「人間にしかできない“バカンスの楽しみ方”を、俺たちで試してみようぜ」
初音は頬を緩め、グラスを健司の方に差し出した。
「それ、いいわね。AIには真似できない楽しみを、二人で見つけましょ」
グラス同士が軽やかに触れ合い、夏の夜に涼やかな音が響いた。
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