第9話 マネージャー
秀明館高校は準決勝にも勝利したが、決勝で平安大附属高校に惜敗して準優勝だった。もっとも、決勝で秀明館のエース嵯峨根響の登板はなく、平安大附属のエースも登板していないことから、試合結果はあまりあてにならない。
我が洛中高校はベスト8に終わったが、シード権を獲得したことで甲子園をかけた夏の京都府予選を有利に進めることができるため、目的は果たしたと言える。後は、個人として課題を見つけるだけ。
僕は、敗戦後からチェンジアップの練習を少しずつ進めている。スライダーは、僕の中ではストライクをストレート以外で取りたい時に投げる球だ。スライダーを投げたくて投げているわけじゃない。
シンカーを安定してストライクゾーンに収めるのは難しく、満塁のスリーボールツーストライクにでもなれば僕はシンカーを選択できない。キャッチャーがサインを出して責任を取ってくれるならいいけど、そうでもなければ避けたいと思ってしまう。
でも、僕のスライダーはとにかく中途半端だ。カットボールとも高速スライダーともつかない、変化球覚えたての中学生が投げるようなボール。ストレートとのコンビネーションでぎり使えるといったレベルで、それ単体で価値はない。
今まではこのスライダーをなんとか磨いてモノにする方針でいたが、嵯峨根のチェンジアップを見て、僕もアレが欲しくなった。……でも。
「ほいっ」
舐めた声とともに國澤さんは特大の飛球を打ち上げた。今やっているのは1アウト1塁3塁のケースを想定しての真剣勝負。1点でももぎ取れば攻撃側の勝利である。守備側の勝利条件は、過程はとにかく0に抑えること。
攻撃側はランナーを走らせるのか、それともスクイズを仕掛けるのか、ゴロゴーなのかなど考えることが多く、守備側も攻撃側の作戦を読みきってスクイズ警戒で外してみたり、歩かせて満塁にしたり、内野ゴロでゲッツーを取りに行ったりとこちらも考えることがたくさんある。
実戦でも頻出のパターンを味わうことができ、解けば解くほど自分の力になる。
……でも、ホームランは、相手が気持ちよくなるだけ!
「さっきの、やっぱ腕緩んでました?」
攻撃側と守備側入れ替えの際、國澤さんに聞いてみる。チェンジアップは、ストレートと同じ腕の振りで投げる必要がある。鷲掴みやOKサインのような握り方をすることで球速を落とすのだ。
でも僕は、腕の振りが緩んで肘が下がる傾向がある。これを治そうとしても中々治らない。
「……いや、大丈夫だったぞ。今井達也みたいなフォームから、ちゃんとおっそい球来たし」
「じゃあ、なんで打てたんですか?」
「……勘?」
外野手用のグローブをはめて、行ってしまった。
……勘で打たれてたまるかよ。
***
昨日まで、土日を使って名古屋へと遠征に行っていた。同じ京都府内のチームと練習試合を組むのは、県大会とかで顔を合わせる可能性があり、手の内を明かしてしまうことに繋がって有益でない。だからといって、名古屋まで行かなくても、とは思う。どうやら名古屋の中秋高校とは甲子園で対戦したことがあるらしく、そこから交流ができたらしい。その時の選手が今の中秋高校の監督なんだとか。
少しだけ外出の許可が出たので、名古屋城を見てきた。名古屋って、何も調べなかったらみんな名古屋城に行くんだな。花田、杜野、碧海と行ったがほかの部員たちとかなりすれ違った。
中秋高校戦で僕は登板し、5回を投げて被安打4、四死球2、1失点。チェンジアップはあまり使わず、ストレートとスライダーでカウントを稼ぎシンカーを振らせる従来のピッチングスタイルに戻したが、まずまずの結果だった。
チェンジアップを投げる際、腕の振りが緩むのを意識するがあまり、今度は腕を振りすぎてストレートじゃない何か別のボールを投げていると丸わかりになるという問題が発生している。
大会も近いし、そろそろ新球種研究は辞めたほうがいいのかもしれない。
それにしても、中秋高校のグラウンドは大きかったし2面あった。単純にうらやましい。洛中は京都市の中枢にあるからグラウンドの大きさでは一生勝てない。筋トレのメニューが多いのは、全員が並行して練習できないからというのもある。
そんな中秋高校は、うち以外にも2校招待していた。岐阜の大垣第一高校と三重学園高校。こちらについては、エースの池永さんのほか、控えである2年生の白井さん、御手洗さん、3年生の去来川さんが登板したが全員ダメだった。
池永さんはフォークがとにかくすっぽ抜ける。……これ、夏までに間に合うのか?
白井さんはコントロールが悪い。変化球を投げ分ける軟投派なのにフォアボール連発はまずい。招待試合でデッドボールは本当にまずい!
御手洗さんは、僕たち1年生が入学する少し前辺りからフォームを崩しているらしく、思い通りに投げられていない。貴重な左であるため、復調を待つしかない。この中では去来川さんが一番いいか。三重学園の鍛えられた打線にやられはしたが、フォアボールも少ないしボールの質の面で見ても悪くない。
このチーム、僕が居なかったらどうなってたんだろう。いっときの山賊打線みたいな感じか。胃薬が何個あっても足りないぞ。
責任教師の渡会さんが、鳥羽監督のタバコの量が増えたことを憂いている。……なんだか、申し訳ない。
野球部について考えながら、授業準備を進めていく。
マネージャーは例年2、3人程度入部するらしいが、今年は何故か1人もいない、おかげで3年生の先輩たちが引退した時に2年生のマネージャーの負担が急増してしまう。
一応マネージャー募集の旨のポスターは校内の至る所に貼っつけたが、効果はどこまであるか。國澤さんにクラスの可愛い子勧誘してこいって言われてるが……入学してから女子とほぼ喋ってない。僕の話せる相手は花田のみ。でも花田はクラス内のリーダー的立ち位置であるから……周りからは、話してあげてるみたいに映る可能性がある。嫌すぎるな。
筆箱と教科書とノートをそろえて満足したあたりで、近くに気配を感じた。
「柚木くんてさ、野球凄いんだって?」
見ると、髪を金に染めた女と赤茶色に染めた女が立っていた。洛中高校の校則はとんでもなく緩い。野球部は髪を染めることはできないが、坊主強制はなくおしゃれも許されているし。この2人の高校生活を楽しむ準備を怠らない姿勢に敬礼する。
「凄いかは知らないけど」
「なんかいっぱいスカウトきたって聞いた! プロ目指してるの?」
何の尋問だよ。花田に助けてもらおうと思ったがちょうど今見当たらない。後は顔だけ知ってるみたいな薄い関係の野球部員が遠巻きに眺めているだけだ。
「プロは……まあ、行けたらいいなとは思うけど」
「へえ〜〜テレビ出てたら絶対応援する!」
きゃあきゃあと二人で盛り上がる女子たち。……卒業後、別に仲良くもなかったくせに私の同級生にプロ野球選手がいて〜って会話の種にされるんだろうな。まあ、別に構わないけど。
……いや、そうだ。これだ。僕はカバンを漁ってポスター2枚分を取り出す。
「今マネージャー募集してるからよかったら来て」
「あ〜ごめん、私バレーやってるから」
「私は軽音っ!」
バッドエンド。受け取ってくれないかと思ったが、2人ともポスターに写る國澤さんの後ろ姿を見てきゃあきゃあ言ってる。……モテてんじゃねえよ!
***
「マネージャーが入ったので紹介します」
練習の始まる前、今朝見たばかりの金髪の姿があった。鳥羽先生に促されてその生徒が一歩前に出る。
「
……こいつ、まじか。口を半開きにしている僕と目が合った。ぱちりとウイングを飛ばしてきたので、目をそらした。
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