第5話 春季大会開幕
柚木薫。検索エンジンにかけると、大量の記事が吐き出された。芳名シニアのエースとして全国大会で優勝したこと。中学BIG5と呼ばれていること。U15の胴上げ投手になったこと。
花田は天を仰いだ。天と言っても電車の中だ。広告が見えるだけ。
思えば最初からおかしかった。周りの反応。とんでもないコントロール。ストレートのノビ。そして、あのシンカー。一樹は自分のキャッチャーとしてのブロッキング能力は飛び抜けているという自負があった。それが、鋭い変化と落ち幅についていけない。おかげで柚木の本調子を引き出すことはできなかったが、引き出せなくて、アレだ。
他の1年生が萎縮して打ち込まれる中、1人だけ持っている力をいつも通り引き出している気がした。能力もそうだが、メンタルが尋常ではない。
もうすぐ乗り換え駅。立ち上がりドアの前に向かう。ドアのガラスがミラーみたいに映る。口角が上がっている。一樹は笑っていた。
世代を代表するピッチャーのボールを、自分が捕れる可能性がある――いや、捕れることに――ワクワクが止まらない。
扉が開く。他の乗客と一緒に電車を降りる。洛中に来てよかったと思えるような3年間にしよう、と一樹は強く思った。
***
春季大会に向けたメンバーが発表された。僕は背番号11をもらいベンチ入りすることができた。後の1年生は碧海が15番、杜野が19番を背負いベンチ入りした。
後最近、花田がやたらと話しかけてくる。クラスが同じということもあって逃げ場がない。……まあ、こいつ以外にクラス内で話せるやつがいないので、課題を忘れたとかそういうハプニングに強いのは助かる。花田は学級委員長を務めている。僕が死んでも就きたくない役職だ。
というわけで、今日は春季大会の初戦である。相手は堀原高校。特筆すべき点はない。
スタメンは以下の通り。(丸数字は学年)
1中 土屋②
2ニ 小林③
3一 高田③
4右 國澤③
5左 波多野③
6遊 川口②
7三 碧海①
8捕 井上③
9投 池永③
碧海がいきなりスタメン抜擢となった。あの紅白戦以降も練習で格の違いを見せつけていたし、別におかしいとは思わない。何より、全員がきりきり舞いさせられていた池永さんからホームランを打ったという事実に叶うものはない。
同級生として、活躍を願わずにはいられない。
***
碧海は二打席連続でホームランを放った。正直相手は弱い。甘い球が来る確率は通常よりも高いだろうが、二打席連続で打てるほど甘い世界ではないはずだ。こいつが敵に回らなくて良かったと安堵する。
10点差つき、この回抑えればコールド勝ちという場面になって、僕に登板機会が巡ってきた。お試し登板だろう。僕の名前がコールされると、球場が少しざわついた。
野球ファン、といえば基本的にプロ野球のことを指すこの界隈で、高校生をネットでチェックするだけじゃ飽き足らずわざわざ高校生を追って球場に足を運ぶのははっきりいって普通じゃない。異常者だ。異常者の集まりだ。
そんな異常者たちは、僕が洛中に進学したことを当然のように突き止めている。期待のこもった目で見られるのは緊張するな。
「どう、初登板の気持ち」
キャッチャーを務める井上さんがにやりと笑いながら言った。
「そりゃあ、緊張しますよ」
「アメリカ戦と、どっちが?」
そんなバラエティに出たアスリートみたいな質問をするのは辞めてほしい。
軽い打ち合わせを済ませて投げた。三者凡退に抑え、チームは上々のスタートを切った。
***
京都府はまず先駆けて1次戦を行ってベスト16を選出し、5月に2次戦トーナメントを行う仕組みである。
我が洛中高校は、無事この1次戦を勝ち抜くことができた。つまり、スタートラインには立てた。
僕は初戦の登板一度きりだった。鳥羽監督からは、上の戦いで起用するとのお言葉をいただいている。なので調整で手は抜けない。
碧海は計3ホームランで打率は7割近い。スーパー1年生と界隈では騒ぎになっている。スタメンは固い。杜野の出場はなし。
なんだかんだ筋トレを1ヶ月近く続けてきて、僕の身体も随分しっかりしてきた……気がする。気のせいかもしれない。
ピッチャーとバッターでつけるべき筋肉は異なるのだが、キャプテンの國澤さんとエースの池永さんが2人揃って筋トレ大好きであり、最適化されたメニューを組んでくれているためそこはありがたい。
授業は普通だ。洛中は偏差値70近い特進コースがあるものの、普通科や体育科は50前後なためそれらの生徒に合わせた授業が展開されるから、少し退屈な面もある。体育科と普通科は混ぜ混ぜになっており扱いも適当だが、特進コースは1クラスしかなく先生方も真剣に国公立へ放り込む授業を展開している。
体育科でも2年時から特進クラスに入れるか交渉してみたが、授業数が増えて部活動の活動時間が減ることから難しいらしい。まあ、仕方ない。
花田は真面目に授業を聞いているが、ほかの部員はみんな朝練の疲れもあり眠っている。
洛中高校は週に一度オフが設けられているが、朝練は勘を鈍らせないために朝練はある。授業終わりの練習は任意的で、参加しなくてもとやかく言われることはない。もちろん参加しても構わない。
というわけで、今日はオフ。身体を軽く動かしてから寮に1人閉じこもってゲームをする計画を立てていたが、花田に放課後1年生たちでの集まりに誘われた。
花田は普段は伊達メガネを掛けていた。聞けばフルタみたいかと聞かれた。どちらかといえばモノマネ芸人にメガネをかけさせたほうに似ていると言ったら無言でメガネを外した。その日から彼のメガネ姿を見たことはない。
メンバーは
***
「U18ってどんな感じなんだい? バチバチしてる?」
杜野が朗らかな笑みを浮かべながら聞いてきた。空調でセンター分けが揺れている。
僕たち4人は近所のファーストフードチェーン店に来ていた。だらだらとポテトを食べて過ごしている。
碧海は真剣な顔をしてポテトをもそもそ食べているので、僕が会話を繋げなければならない。
「いや、そんなに。最初は雰囲気固かったけど、最後の方は打ち解けてたよ」
僕を除いてな。僕は人見知りが過ぎて全く友人関係を構築できなかった。キャッチボールも誰があいつの相手をするんだって爆弾ゲームみたいな雰囲気が漂っているのを感じていた。
碧海も碧海で1人で勝手に行動するタイプだから浮いていた。U18のはぐれもの2人だとサンプルが欠陥すぎる。だが、この場でそれを打ち明ける必要はない。
「へえー、そうなんだ。どう? 薫くん、試合になったら勝てそう?」
「お前が打ってくれればいけるかも」
「じゃあ勝てるね〜」
ボケているのは伝わるが本当に打ってくれればいいけどな。杜野は練習や練習試合を見る限りなかなかの選手だ。守備も上手く足も速い。長打はこれからめちゃくちゃ筋トレをさせられるからそのうち身につくだろうし。……いや、その場合スピードが失われる可能性があるのか?
考えながらポテトをつまむ。バーガー系統は夜ご飯が入り切らない可能性があるので断念した。
洛中は食堂で、あり得ないほどの量と美味さを兼ね備えた学食を格安で販売してくれる。なのでスポーツに打ち込むヤツらは、皆ありがたくこれを享受して食トレに励んでいる。
財源はどこだろうと気になるが、きっと僕が払っていない入学金や授業料、その他諸々のお金から来ているのだろう。一般生徒からお金をかき集め、スポーツガチ勢や学力推薦勢にステータスを振ることで結果を出し、評判を上げてまた一般生徒の入学を促す、と。これが経済か。
コーラを一口飲んで唇を潤した花田が言った。
「てか、勝てっかな。試合」
春季大会の2次戦トーナメントの対戦相手は分かっている。谷津高校。毎年安定して結果を残す公立校で、甲子園に出たことこそ少ないが、惜しいラインまではいつも勝ち進むイメージがある。
この試合は、いつも以上に負けられない。何故なら、シード権がかかっているからだ。
春季都道府県大会は、甲子園とは一切関わりがない。では何のために存在する大会であるかといえば、夏のシード権争いである。もちろんどのチームも目指すのは夏の甲子園出場であり、都道府県大会の優勝である。それを大きくたぐり寄せるのがシード権。
獲得する目的は、単に甲子園出場のための必要試合数を減少させるだけではない。強豪校と当たる可能性を減らす、というのも大きな要素だ。シード校同士がぶつからないようにトーナメントに振り分けられるため、強豪校同士の潰し合いを避けることができる。
……もっとも、すべての強豪がシード権を手に入れることはできないため、シード校と同等かそれ以上の力を持つ高校といきなり試合をさせられる場合もある。これを俗にノーシード爆弾と呼ぶ……。
まあでもシード権を獲得するのは大事なことだ。谷津高校には絶対に勝たなくてはならない。
「そりゃあ勝つしかない――」
「おっ」
それまで無言だった碧海が声を出したので視線が集まる。ポテトをつまんでじっと見ていた。
「なっげ〜笑」
……勝てるかな。不安になってきた。
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