第4話 紅白戦

 入学式を迎えた。僕は野球界で有名なだけであり、はたから見ればただの暗いやつで、友達作りは早くも佳境を迎えている。

 各々が好きに放課後を過ごそうとする中、僕はいそいそとクラスを抜け出して部室へ向かった。洛中高校は、通学の困難な生徒の中でも、学業や課外活動で特に優秀な成績を収めたものに入寮を認めている。


 そのため全寮制の学校とは違い、普通に京都府内から通学する者も多い。寮生とは既に軽く顔合わせを済ませたが、実家勢とは今日が初対面となる。

 仲良くなれるか不安に駆られながら廊下を走っていると、後ろから怒号が飛んできたので早歩きに切り替えた。



 ***



 名門、洛中高校の門を叩くものが一人。

 彼の名は花田一樹はなだかずき。人呼んで京都のフルタ。多彩なリード、強肩、巧みなバッティング技術。それはもうフルタと言って差し支えないほどだと自認しており、そのため彼は人にフルタと呼ばせている。

 一樹は野球の才能を自認している。中学ではチームで一番だった上、熾烈なセレクションを勝ち抜いて洛中高校に入学することができた。洛中は今年のセンバツを逃しているが……一樹は気合十分。自分が5季連続甲子園に導く準備はできている。


「――青陽シニア出身、碧海凌あおみりょうです。ポジションはサードとピッチャー。趣味は将棋。よろしくお願いします」


 一樹は少し考え事をしていた。隣のの自己紹介が終わる。みんなぱちぱちと手を鳴らす。将棋って、ジジくさい趣味だな、と一樹は率直に思う。でもあのフルタは将棋ができたという話もある。オレも覚えてみるか? と、考えたところで自分の番が来ていると知る。一歩前に出た。


「白新中学出身、花田一樹です。ポジションはキャッチャー。憧れている選手はフルタです! 宜しくお願いします!」


 勢いよく頭を下げる。疎らな拍手が起きた。


「さて。これて全員だな。……うん、24人か。監督は会議かなんかで遅れてくるらしいから、ちょうど偶数だし、2人組になってキャッチボールでもしようか」


 キャプテンの國澤先輩が優しい声で言う。あの國澤祐希さ  ん……。高校通算40本、今年のドラフトでも上位指名が有力視されているスラッガー。一樹が洛中に行きたかったのは、この先輩がいたからというのもある。フルタの次に尊敬している。

 かっこいい姿に思わず見とれていると、周りはもうすでにペアを完成させつつあった。まずい。とにかく組まないと。


「君、組まない?」


 近くにいた暗そうなやつに声を掛けた。その瞬間、全員の視線がこちらに向いた気がした。いや、こちらというより、こいつに。


「……いいよ。相手、探してたし」


 俯きがちな視線が上がりこちらを捉える。妙な威圧感を感じた。


「名前は?」

「柚木薫」



 ***



 少しずつ距離をとりながら肩を作っていく。キャッチボールは野球の基本中の基本であり、その人の能力が最も表れると言ってもいい。その点で言えば、柚木の球は異質だった。どれだけ遠くからでも正確に胸元に収まる。一樹は一度たりともグローブを動かしていない。コントロールが抜群にいい。流石、洛中に来るやつは少し違うな、と素直に感心する。


 キャッチボールやランニングなどのアップを済ませたところで監督が姿を現した。


「ごめんね、会議が長引いちゃってー」


 一度全員の作業が止まり、監督を囲むようにして整列が行われる。


「どうも、洛中高校野球部の監督をやってます、鳥羽慎二です。世界史教えてるからみんなぜひ取ってね。僕はこの高校のOBで、甲子園に出たときはピッチャーとして出てたんだけどーって、別に興味ないか」


 恥ずかしそうに鳥羽監督が笑う。それと同時に部員も笑みを浮かべる。朗らかな空気が流れた。


「一応、今日は紅白戦するつもりだから。1年生VS2、3年生で。今からやったら暑いし、もう少し時間経ってからだけど」


 が、直ぐに部員の目の色が変わった。もうすぐ春季大会が始まる。基本線は2、3年生だろうが、控えメンバー及び1年生で使えるやつがいるか試したいんだろう。一樹も当然こういう展開は燃える。

 だが、隣で話を聞く柚木はといえば……目に何のやる気も宿っていなさそうだった。


 ***


 ノックを受ける守備練習組と筋トレ組に分かれ、一定時間ごとに入れ替わりながら練習を行った。


 洛中高校は筋トレに力を入れており、そのおかげか上級生の身体はめちゃくちゃでかい。長打を狙うというのはデータ野球において指標的にも最善かつ的確な行動である。得点確率が格段に上昇するからな。

 ノックは監督が直々に担当するのだが、精度が非常に良い。捕れるか捕れないかの瀬戸際みたいなボールを連発で打ってくる。僕は外野守備についたのだが、本当にありえない距離を走らされた。そう考えると、ピッチャーは僕の性分に合っているのかもしれない。打たれたら後ろの野手に捕らせればいいわけで。



 紅白戦は、1年生組は取り敢えず全員出すということで方針が固まった。交代を繰り返して試合を成立させる、トライアウト的なイメージ。一応春季大会のメンバーを決めるうえでこれがすべてじゃないことは知らされたが、ここでのアピールが重要な材料になるのは間違いないだろう。

 僕は試合途中からの登板となった。なんか、みんな、僕のほうを見て先発するよな? みたいな顔をしてきたが、空気を読まないやつが「誰もいないなら俺いくわ!」と宣言したわけだ。グループディスカッションにいたら間違いなく評価を下げる行為だと思うが、別にいつ投げたっていい。承諾した。

 そんなわけで肩を作りながら試合を眺めていたわけだが、話にならないくらいボコボコだ。


 1回の表からめちゃくちゃ打たれて、攻撃が終わらない。絶対に抑え込むんだと息巻いていたやつは意気消沈で死んだ顔をしていた。スリーアウトを取る頃には7点を取られた。裏の攻撃は三者凡退。洛中高校現エースの池永さんが容赦のない投球を披露して三者連続三振を奪ってみせた。140km/h超えのストレートに加えスプリットをガンガン投げ込むパワーピッチャーは中学生にはいない。

 二回の表に國澤さんがホームランをぶち込んだところでピッチャー交代となった。ため息をつきながらマウンドへ向かう。一応、肩はできている。バカみたいに打たれて時間はあったから。

 ……はあ。正直、この試合で打たれてもベンチに入ることは半ば確定している。鳥羽監督は僕を呼び寄せるべく様々なオプションを準備したが、その中の一つだ。

 だからそれほどやる気は出ない。出ないが……もし、僕が失点を重ねたのにベンチ入りしたら周りの反応はどうだろうか。間違いなく、芳しくない。いくら中学BIG5として名前が知られているとはいえ、特別待遇に不平不満は出るだろう。だから僕がこれからするのは、周りを説得する戦い。ベンチ入りを認めるに足るピッチング。


 マウンドの土をならして投げやすいよう調整していると、キャッチャーを務める花田が近づいてきた。


「どう、緊張してる?」

「してる。僕の球を捕れるか不安で」


 今回の交代は、バッテリーごとの交代である。先ほどの投球練習では花田に付き合ってもらったが、シンカーを結構な割合で落としていた。


「前でとめるから心配すんな」


 ドン、とキャッチャーミットで胸を叩かれる。


「オレたちで上級生ぶっ倒してやろうぜ」

「……ああ」


 僕の持ち玉はストレート、スライダー、シンカー。後はたまにチェンジアップ。これらを使って筋肉ダルマたちを抑えるには……花田のリードが不可欠だ。あいつの憧れるフルタのような手捌きを、期待したい。





 1年生チームの4番、碧海陵がホームランを放った。それも特大のやつで、近所の民家を襲撃するレベル。特に喜ぶ様子のないのが末恐ろしい。打たれた池永さんはグローブで顔を隠していたが、ブチギレているのが伝わってきた。

 碧海とは、U-15の代表で同じだった。典型的な当たれば飛ぶ・・・・・・バッターだったはずだが、スイングを見る限りかなり安定してハイクオリティを出せるものになっている。中高生の成長曲線は一定ではない。


 ベンチでハイタッチを交わす。


「ナイスバッティング」

「……どうも」


 にこりともしない。打って当然みたいに無表情を貫いていた。

 一方で僕はといえば、何とか0に抑えた。打ち取った当たりでエラーされたり、併殺を取れなかったりと不運はあったが、切り抜けることができた。

 花田のキャッチャーとしての能力は良くもなく悪くもなく。はっきり言ってフルタにはほど遠い。が、まあ何がしたいかの芯は伝わってくる。

 後、シンカーを捕れないからかチェンジアップを決め球として組み立ててきたのは結構面食らった。僕のチェンジアップは腕の振りがかなり緩むため、國澤さん相手には絶対通用しないことを打ち合わせなくては。


 その後は3回を無失点に抑えて降板した。國澤先輩を歩かせて牽制でアウトにしたときは怒号と恨みの籠もった視線が飛んできたが、まあ、いい。

 1年生チームの見どころは正直碧海のバッテイングくらいで、大差も大差、19−2で試合に敗れた。2、3年生チームのレギュラー野手陣は速攻引っ込んだのにこのざま。やはり控えとはいえ洛中で野球をしている人間を舐めてはいけない。

 2点は碧海のソロホームラン2発である。まともにヒットを打てたのは、碧海と花田、後は杜野くらい。ピッチャー陣は正直言って僕以外ダメダメだった。


 春の大会は間近に迫っているが、果たして。

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