第2話 入寮
キャッチャーのサインが出る。それに頷く。
緊迫した場面だ。U‐15決勝、日本対アメリカ。1点差をつけてリードして、最終回2アウトまでこぎつけている。マウンドに立っているのは僕、柚木薫。相手は4番。抑えれば優勝という場面を託されるほど信頼されるのは悪くない気分だが、ちょっと気疲れする。
握りを整える。バッターを見る。強く、強くバットを握りしめている。空気に飲まれている気がするな。顔もこわばっている。
初球、外角低めにストレート。空振りしてストライク。
2球目、内角高めにストレート。外れてボール。
1球ごとにどよめきが起きる。中学BIG5に数えられるメンバーは、僕ともう1人を除いて皆野手だ。先に投げたそいつがベンチから祈っている。キャッチャーから、ショートから、ファーストから、緊張感が伝わってくる。
3球目、投げ方を変えてみる。何となく。相手の打ち気を逸らせそうだったからとかいう理由はある。
今までスリークォーターだったものが突然真横から放たれて、バッターは中途半端なハーフスイングをしてしまった。これでツーストライク。
キャッチャーがタイムを取って近づいてくる。
「おいおい、お前まじか?」
「まあイケそうだったし」
「流石、頭イカれてやがるな」
苦笑いするキャッチャーを見て、流石に辞めておいたほうが良かったなと反省した。
「わかってるとは思うけど、絶対コース間違えんなよ。低め、徹底な」
「了解した」
キャッチャーが元いた場所に帰っていく。彼は大阪の遊星社への進学が決まっている。洛中へは1人だけ進学先が被っているが、他のやつらはみんな各々の夢を叶えるため全国各地に散らばっていく。味方でやるのはこれで最後。これからは敵同士。
……いや、最後ってことはないな。U18、日本代表。同じメンバーで集まれるとは限らないが……また一緒に野球ができたらいいなとは思う。
4球目。鋭く曲がり落ちる変化球。ワンバウンドするような球だったが、バッターは思わず手を出して三振。
両手を広げたキャッチャーが近づいてくる。サードやショートが全力で走ってくるのも見える。揉みくちゃにされるんだろうが……まあ、今日くらいはいいだろう。
日本代表は優勝した。
***
中学の卒業式を終えて数日、僕はJRに揺られていた。車窓から見える景色はものすごい速さで移ろいでいく。新快速は新大阪から京都まで高槻を除いて停車しない。約45kmの道のりをほぼノンストップで駆け抜ける。
卒業式……。特段クラスで仲のいい人はいなかったので、打ち上げなどに呼ばれることはなかった。卒アルも真っ白。地元を離れることに全く抵抗がない。
今日は入寮日だ。母さん父さんともに忙しいらしいので、洛中へは一人で向かっている。暇だからSNSを開いて高校野球の情報を漁る。記者たちによる春のセンバツ出場校の格付けが行われていた。S〜Dの5段階。遊星社はS。神戸翔洋大付属はB。頑張ってほしいと思う。
***
京都駅で市営地下鉄に乗り換え、数多の大学生とともに降りる。ここは関西の名門私大の最寄り駅となっていて、駅とキャンパスが直結している。……みんなオシャレだ。それに顔もかっこいいしかわいい。髪型も決まっている。野球しかしてこなかったから、こういうのに本当に疎い。僕に彼女がいない理由がわかった。
そこからバスに揺られて何分か。洛中高校の前で降りると、正門に見慣れた女性が立っていた。
「長旅ご苦労さま」
責任教師の渡会さん。僕が高校に見学しに来た際は必ず応対してくれていた。顔が非常に良い。スタイルも良い。素晴らしい。
「車、出さなくて本当に良かったの?」
校門は潜らずに外周をぐるりと回る。寮は本校舎から少し離れたところに位置している。
「ええ。帰省するときにルートを確認したかったので」
というより申し訳ないが勝つ。僕の実家がある兵庫から京都まで車を出してもらうのは接待すぎる気がした。ただでさえ特別待遇な契約を貰っている。これ以上贔屓されているのがバレたら、生徒たちの反応が怖い。
歩きながら先生の横顔を盗み見る。……めちゃくちゃ可愛い。絶対甲子園に連れて行こうと誓った。
***
寮は一人部屋で、6畳程度の広さがあった。クーラー完備、採光も問題ない。必要となる家具家電のほか、テレビまで備え付け。他の部屋はもっと狭いしテレビもないらしい。ありがたい話だ。
「ついでに練習見ていくでしょ?」
正直今日は引っ越し諸々の手続きで終わろう思っていたが、せっかくなので頷く。洛中は今年のセンバツ出場を逃した。京都府大会で優勝したものの、近畿大会で敗退したのだ。そのためいきなり練習を覗いてもめちゃくちゃ邪魔にはならない……と、思う。
そう言って案内された野球部専用グラウンド。広さは京都市内ということもあって限界はあるが、それでも十分なものがある。今は休憩中らしい。各々が水分を補給したり用具の手入れをしたりしている。その中の一人と目が合った。
「おお、薫。来てたんか」
そう言って手を振りながら近づいてきたのはキャプテンの國澤さん。朗らかな笑みを浮かべている。
「お前が洛中来るとは意外だったわ。遊星社とか推薦来てなかったんか?」
「さあ、どうでしょうね」
「来てたわ。こいつ絶対来てた!」
だははと高笑いする國澤さんにつられて部員がぞろぞろと集まってきた。学校見学に行った際顔を合わせていたので、どの人ともある程度面識はある。國澤さんはその中でも特に僕を気にかけてくれていた。
「せっかく来たんやし、1打席勝負しようや」
くい、と親指でグラウンドを指しながら國澤さんが言う。監督にバレたらまずいのでは、と辺りを見回したが姿はない。先生に止める気配もない。
「……じゃあまあ、やりますか」
思いっきり中学の制服だが……まあ、いいだろ。卒業したし、破ってしまっても関係ない。
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