桶狭間の奇跡 / 足軽の視点
おう、俺は
これから語るのは、俺たちみてえな
夜も明けきらぬ
「人間五十年、
うちの大将、織田
「冗談じゃねえや」
隣にいた
「今川は二万もの大軍だろ。こっちはかき集めても二千かそこいら。舞なんか舞ってる場合かよ」
まったくだ。城の外じゃ、今川の
「おい
「そうなりゃいいがな。生き残れるだけでも御の字ってところだろうぜ」
やがて俺たちは、
昼に近づくにつれて、陽射しはどんどん強くなった。
「ああ、もう駄目だ……」
誰かが力なくつぶやく。
その時だった。さっきまでのカンカン照りが嘘みてえに、空がみるみるうちに暗くなったのは。南の空から、腹の黒い龍みてえな雲が、とんでもねえ速さでこっちに流れてくる。生ぬるい風がぴたりと止み、代わりに肌を刺すような冷たい風が吹き始めた。
「なんだぁ、この天気は……」
ポツ、ポツ、と大粒の雨が地面を叩き始めたかと思うと、次の瞬間には、滝のような
「ひでえ雨だな。これじゃ
バチチッ!バチッ!
屋根を叩く音が変わった。雨粒に、小石みてえな氷の粒が混じり始めたんだ。
「
誰かが叫んだ。空から降ってくるのは、雨じゃない。氷の塊だ。あっという間にあたりは真っ白になり、まるで冬に逆戻りしたみてえだった。さっきまでの蒸し暑さが嘘のように、急に体の芯から冷えてくる。俺は思わず腕をさすった。
「おい、見ろよ」
どれくらい時間が経っただろうか。あれほど激しく屋根を叩いていた氷の粒が、次第にただの雨になり、やがてそれも嘘みてえに上がった。黒い雲が切れ、向こうの空が明るくなってくる。
その、ほんの一瞬の静寂を破ったのは、信長様の
「
は?俺たちは耳を疑った。このぬかるみの中を、今から攻めろってのか?正気か、この人は。
だが、信長様の目は
理屈じゃねえ。俺たちは、何かに
地面はぐちゃぐちゃで、足を取られる。冷たい風が、濡れた着物を通して体温を奪っていく。だが、不思議と体は動いた。
ひどい
「くそっ、
そんな悲鳴があちこちから聞こえる。
それだけじゃねえ。
その時、俺ははっきりと理解した。
こいつら、あの
大将の狙いはこれだったのか!あの嵐が来るのを、まるで知っていたかのように
ぞっとした。背筋に、恐怖とも感嘆ともつかない震えが走った。俺たちの大将は、うつけなんかじゃねえ。人の考えが及ばねえ、何かとてつもないもんじゃないのか。
あとは、いくさというより狩りだった。まともに抵抗もできねえ連中を、俺たちは面白いように討ち取っていく。
やがて、「
一瞬、あたりがしんとなった。あの
だが、
「うおおおおおおっ!」
誰かが叫んだのをきっかけに、俺たちは天にものぼるような
戦いが終わった
俺は泥だらけのまま、その空をぼんやりと見上げた。
運が良かっただけだ。たまたま、すげえ嵐が来ただけだ。そう思う。だが、その天の気まぐれを、
俺たちの大将、織田信長。
あの人は、もしかしたら天をも味方につける何かを持っているのかもしれねえ。
これから、この
答えはわからん。だが、死ぬはずだった今日を生き延びた俺の胸には、奇妙な
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