バケバケ試験

佐海美佳

バケバケ試験

 狸穴の親分は、3匹の子狸を右から順番に見つめて言った。

「今日は試験の日だ。人でも物でもなんでもいいから、化けて人を騙してこい。上手くできたものには、どんぐりを授ける」

 つやつや輝くどんぐりは、親分が秋の間に貯め込んで熟成させた特別なおやつだ。


 一番右の三郎は、頷いてから口を開いた。

「人に怪我をさせたら?」

「不合格じゃ」親分は腕を組んだ。

 真ん中の金太が、にやにや笑いながら聞いた。

「お金を盗んだら?」

「貧乏人からお金を盗んだら不合格、お金持ちや悪い人から盗んだら合格」親分も少しにやにやした。

 一番左の権太は、ぽやっとした顔で繰り返した。

「騙せばいいんだな」

 これには、親分も心配そうに眉を寄せた。

「お前は化けるのが苦手だから、よぉく考えるんだぞ」

「あい」

 三郎と金太は、走り去ってもう見えなくなっているのに、権太はのっそり左右を見渡して歩き始める。


 三郎はファーストフード店の店員に化けた。

「本日はびっくりセットがオススメです」

「じゃあそれで」

 仕事に疲れて目がうつろなサラリーマンは、ハンバーガーとポテトと飲み物を受け取ったはずだった。だから、口に入れたハンバーガーが突然葉っぱに変わってびっくりしたし、ポテトは木の枝だったし、飲み物が入ったコップは大きな石ころに変わっていて椅子から転げ落ちた。

「あの人、怪我しなかったかなぁ」

「椅子から転げ落ちただけじゃ。三郎、合格」

 ファーストフード店の裏口から、背伸びして様子を見ていた狸穴の親分は、どんぐりを1つ三郎に渡した。

 椅子から転げ落ちたサラリーマンは、慌ててスマホを取り出している。

「あ、あ、あの、課長ですか? 幻覚を見てしまったので、体調不良で早退させてください」

 その会話を聞いた親分は、どんぐりを1つ追加して渡した。


 金太は銀行員に化けた。

「おばあさん、どうしましたか?」

 ATMの前で電話をしていたおばあさんは、金太を見て少し安心したように見えた。

「息子が取引先にお金を持っていかなければいけないの。でも風邪をひいて会社を休んでいるから、私が代わりに払ってあげようと思って」

 家に保管していたお金を、ATMで取引先に振り込まなければいけないが、やり方がわからないのだと言う。

「承知しました。では、まず、おばあさんの口座にこのお金を入金しましょう」

「あら? 私の口座でいいの?」

「ええ。取引先への振込は私どもで行います」

「助かるわ、ありがとう」

「後ほど警察にお電話いたしますね」

 一部始終を見守っていた狸穴の親分は、感心したように呻いた。

「鮮やかな手際で詐欺を防いだな」

「へへっ。俺、上手になったでしょ?」

 金太は得意そうに親分を見上げた。

「うむ、よくやった。お前にはどんぐり3つじゃ」


 権太は男の子に化けた。

「ねえ、一緒にあそぼ」

 公園の砂場で遊んでいたのは、小さな男の子。近くのベンチに母親が座っていた。

「いいよ、あそぼ」男の子は嬉しそうに答えた。

「あら、良かったわね、お友達ができて」

 権太は砂で山を築き、男の子はそこに道を作って、砂山の山頂からビー玉を転がした。

 コロコロ転がっていく様子が楽しくて、夢中で遊んだ。あまりにも夢中になっていたので、ぽろんと丸い尻尾が飛び出していたことに、権太は気づかなかった。

「あら……?」

 ベンチに座っていた母親は、それを見て静かに微笑んだ。


「また明日もあそぼ」

 夕方5時のチャイムが鳴り響くと、男の子は権太に約束げんまんの小指を差し出した。

「約束だね」

 権太は男の子の小指に、自分のそれを絡めた。

「またね」

「また遊んでくださいね、ゴンチャ」

 男の子の母親は、変な呼び名で権太を呼んだ。

「ぼくは権太だよ。ゴンチャじゃないよ」

 不思議そうに首を傾げる権太に、彼女はあっと口元を手で覆った。

「ごめんなさいね。間違っちゃったわ」

「ママ変なの。ゴンチャはネコだよ」

「そうね……前の家で飼っていたネコの名前だったわね」

 男の子に叱られて、しょんぼりしながら母親は権太を見つめた。

「茶色くて丸い尻尾がかわいいネコだったのよ。あなたに似ていたから、つい」

「引っ越したの。ペット禁止だったの。だからお友達にゴンチャあげてきたの」

 男の子が頑張って説明をしてくれた。とても仲良しなネコだったことが、権太にはちゃんと伝わった。


「うーん、半分合格」

 狸穴の親分は、公園の植木に隠れながら権太に伝えた。

「半分かぁ……頑張ったのになぁ」

「明日の約束をしてきたんだろう?」

「あい」

 権太は頬を緩めた。

「ビー玉ころころ、楽しかった」

「明日もちゃんと騙せたら、バケバケ試験に合格とする」

「あい」

 親分は、半分に割ったどんぐりを権太に渡しました。

「お前はなんでものんびりだなぁ」

 残りの半分を自分の口に放り込む。ぽりっと音がした。

「楽しいことは長いほうがいい」

 権太も半分のどんぐりを口に入れて、もぐもぐ食べた。

「試験が楽しいとはお前らしい」

 狸穴の親分は愉快そうに尻尾を揺らしながら、三郎と金太と権太を引き連れて、山のねぐらに帰っていきました。

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バケバケ試験 佐海美佳 @mikasa_sea

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