第11話

海の花を眺めていると、視界の端で何かが光った。

振り返ると、それは空から静かに降りてくる雪だった。

だが、温かな風の中で溶けることはなく、一つひとつの結晶が宙に漂い続けている。

その結晶は顕微鏡で覗いたときのように繊細な六角形をしており、よく見ると表面には極小の文字が刻まれていた。

それは数式や物語の断片、そしてまだ誰も知らない言語のようにも見えた。


雨南は手を伸ばし、一つを掴もうとした。

だが指先が触れた瞬間、結晶はふっと消え、その代わりに眼前の空間が折り畳まれるようにひしゃげた。

現れたのは、黒い木箱──いや、木箱の形をしているが、縁は絶えず反転し、内と外が入れ替わっている。

「パラドックスボックス」

そういう名前だと、誰に教えられるでもなく理解できた。


木目の間から、森が覗いている。

ただの森ではない。

常緑樹と紅葉が同じ枝に咲き、地面には春の花と秋の落ち葉が同時に散らばっていた。

その景色の上空には、飛行機雲がゆっくりと描かれていく──だが、雲は時間を逆流し、空に消えていく。


雨南は、箱の縁を跨いだ。

次の瞬間、耳の奥で水音のような響きがし、空気の匂いが変わる。

湿った土の匂いと、どこかで燃やしている焚き火の匂い。

森の奥から、まだ見ぬ自分の声が呼んでいる気がした。

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