第12話

森の奥へ進むたび、雨南の足元は季節をまたぐように変化していった。

一歩目は苔むした春の土、二歩目は夏の砂浜、三歩目では枯れ葉に覆われた秋の地面。

そして四歩目には、雪に覆われた冬の道。

時間は一本の線ではなく、無数の色糸が絡まり合っているのだと、雨南は直感する。


やがて視界が開けた。

そこには緑の平原が広がっていた──

草は風に揺れ、空は澄み、遠くに赤い点々が浮かんでいる。

それは風船だった。

ただの風船ではない。

近づくと、それぞれの風船の中に、映像のような断片が揺らめいている。


一つの風船に手を触れると、景色が溶けて雨南の意識に流れ込んだ。

──そこは見知らぬ街。だがどこか懐かしい香りがした。

背中を向けて歩く少女がいる。

長い黒髪を揺らし、耳元には銀のイヤーカフ。

振り返った顔は、雨南の面影を色濃く残していた。


「あなたは……?」

雨南の問いは声にならず、意識だけが響く。


少女は微笑んだ。

「私は、あなたの百三十七代目の子孫。

あなたの選択がなければ、私は生まれていない」


その言葉とともに、周囲の風船が一斉に舞い上がった。

無数の記憶が空を覆い、海原のように広がる。

青い風船は喜びの記憶、黒い風船は喪失の記憶、白い風船はまだ訪れていない可能性。


少女は続けた。

「でも、この平原から何かを持ち帰るたび、あなたは少しずつ削られる。

それが“遺伝子の欠損”」


その瞬間、森の奥から低い振動音が響き、空の風船がひとつ、またひとつと弾けて消えていった。

残された風船は、選択を迫るように雨南の頭上に漂っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る