第6話 宮廷魔術師

原野に夜の闇が降りる。外壁の向こう、

魔法使いたちの列。その正面、空気が明らかに違う一団がいた。

「……あそこが宮廷魔術師?」 リサの囁き。周りの一般魔法使いたちも目を凝らす。

群れの前に、堂々と立つのは二人。その存在だけで周囲の緊張が見てとれた――

ひとりは、赤髪に灰色の目。

ローブの左肩には「Ⅰ」、すなわち、

第一位ジークの証。

その隣には複雑怪奇な魔法陣を空に幾重も

浮かべる青年――「Ⅲ」、すなわち

第三位フィノ。

誰もが息を呑んだまま、二人を見つめていた。

「――敵、見ゆ」 ジークが静かに呟く。

遠い地平の闇、その彼方から無数の魔物が蠢き出すのが見えた。

「準備は?」 フィノが合図すると、ジークは片手を挙げて宣言した。「必要ない」

次の瞬間、ジークの足元から蒼と紅の魔法陣が広がる。冷たい闇夜に、どこまでも

心地悪い静寂。

「まずは雑魚を一掃する」

不意に――

「汝、此処より一尺、火流となりて流転せよ――熾火・奔流」

地面が割れ、紅蓮の火柱が咆哮をあげて駆け上がった。同時に、もう一方の腕がしなやかに動く。

「……そして、水よ、全てを包め――

洪水来たれ」

突如として空気が一変した。湿り気を帯びた風が奔り、次の瞬間、空から滝のような水流が王都外縁の原野に降り注いだ。

火と水の奔流が衝突し、目の前に無限の蒸気が立ち上がる――そして、その熱霧の壁が

数百もの魔物の大軍を、

一瞬で押し流していく。

一般魔法使いたちは誰もが呆然とした。

「あの規模……人間の力か?」

エルゼが顔色を変えた。「魔物の群れ、

あれほどまとめて……!」

だが終わらない。

洪水の中で魔物が必死にもがくと、その先でフィノが静かに杖を掲げる。

「……雷紋、重ね穿つ。」

彼の指が空に舞い踊ると、いくつもの雷紋の魔法陣が幾重にも重なった。そして、無数の青白い稲妻が空に渦を巻く。

「雷撃・多重穿孔」

彼の魔法陣が完成した刹那、四重の魔法陣から稲妻が放たれた。

洪水でもがく魔物の群れを、一瞬で焼き尽くしていく。

雷光と水と炎。

大地を砕き、影を溶かし、その残響だけが夜空に轟いた。

リサは言葉を失って見惚れた。「なんて……なんてスケールなの……」

年嵩の魔法使いが身震いしつつ囁く。

「あれが、歴代最強の第一位、ジーク殿……そして雷のフィノ殿。

王都が守られるのも当然だ」

ユリオンの拳は自然に震えていた。

――敵が何百、何千と押し寄せても、この「個」がすべてを圧倒する。 だが、ただ圧倒されるだけで終われるだろうか、と心の奥で自問する。

ジャッ、とフィノが魔法陣を書き換える。

雷の余波で地表が光る

やがて、ジークは一歩前へ進む。

「掃討開始」

彼の声に、遠巻きの魔法使い達も次々に呪文を発し始める。

魔物の群れは、今夜、“個”の強者によって

粉砕された。

夜風に揺れる蒸気と雷光。その只中で、最後の強敵だけがじり、と残る。


ジークやフィノの一撃にも消えなかった、数十体の魔物たち――

それはもう「ただの魔物」ではなかった。

群れの中で、あからさまに異形の面々が浮かび上がる。 まず先頭に立つのは、瘦せた片腕に甲殻の盾持つ異形、その名は

グロル=アルド。

だが彼のほかにも、各々禍々しい存在感を放つ強敵ばかりが生き残っていた。

「う……見てあれ……!」

リサが指さす。そこには、

フラギス――全身が黒い針状の体毛で覆われた四足の悪鬼。背中から「幻影の霧」を撒き散らし、姿を二重三重に分裂させることで、接近する者の目を惑わせる怪異。

クルヴァン――燃えさかる炎の鎧を身にまとった巨人。近づくだけで空気が焦げ臭くなり、周囲の地面を一瞬で硝子に変えるほどの高熱を放つ。巨大な両腕で周囲を焼き払い、仲間の前線を強引に切り開く。

セリリス――無数の透明な羽虫の群体。群れごと「ひとつの知性」を持つように高速移動を繰り返し、触れられた者は意識を失うか、夢遊病のごとく制御不能に陥る。空には淡い燐光の筋が舞い上がっていた。

ザヴァーク――全身が鉤爪と甲殻、口は複数の顎で、背中に死者の仮面を何枚も

ぶら下げた死の狩人。足音なく迫り、

気づけば周囲は沈黙に包まれると

言われている。

火、水、雷、そしてこれらの異能にも耐えきった猛者たちが、グロル=アルドを中心に

半円を描きながら王都を睨む。

カイラスが青ざめた。「あれ全部……

一匹だけでも化け物だろ……」

エルゼは冷静に周囲を観察する。「知能のある個体ばかりを、リーダー格のグロル=

アルドが率いてる。まとめて突破されたら――」

「このままだと、一線が抜けるぞ!」 年嵩の魔法使いの警告に、王都防衛線がざわめいた。

だが、ジークもフィノも今は主戦線の制圧に手一杯。隙間を縫い、グロル=アルドの軍勢が静かに「端」を目指す。

「ユリオン、急いで」

エルゼが小声で囁き、自然と仲間を丘の斜面へと導いた。

その先で待っていたのは、ザヴァーク。

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闇と縁取られた草原、瘴気が渦巻くように濃くなる中心。

フラギスが霧を展開し、現実と幻影の区別を失わせる。

クルヴァンの熱が空気を歪ませ、

魔法使いたちの喉に灼けるような痛みをもたらす。

セリリスの羽音が耳元を狂わせ、意識が徐々にぼやけていく。

だが一番奥、グロル=アルドが紫の瘴気を噴きながら、じりじりと距離を詰めてくる。

――これまでにない圧倒的な危機が、

ユリオンたちを貫いた。

カイラスが震えながらも剣を構える。「自分の役目、果たすしかないよな……」

リサ「どれだけ絶望的でも、見てるだけじゃ何も変わらない…!」

エルゼは静かに笑った。「強敵の群れ、

こんな巡り合わせも悪くないさ----」

夜の静寂のなか、四人は武器と魔法で構え合った。

ザヴァークの死の気配が背後まで回り込み、ユリオンの戦慄を煽る。

重なる魔物の脅威の只中。

そしてグロル=アルドが、凶悪な欲望と共に最前線を切り拓こうとする――

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ここまで読んでくれてありがとうございます

    次回はザヴァーク戦です

  個人的に次回7話はお気に入りです

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