第5話 結集の原野で
夜がどこまでも不穏な黒に沈んでいた。
鋭い鐘の音と民衆のどよめき。北の空では、宮廷魔術師団による巨大な結界がゆらめき、市街地全域を眩しい光の膜で包んでいた。
王都の守護を担う魔術師たちは、今夜は防壁と前線の押さえに追われていた。結果、混乱の只中に取り残された民衆の避難には、
手の届く者がほとんどいなかった。
誰かが何かをやらなければ。
その思いだけで、ユリオン、カイラス、リサの三人は路地に飛び出していた。
「慌てないで!小さな子の手を
離さないで!」
リサが声を張り上げ、泣きそうな子供の手を引いて広場の奥へ向かう。
カイラスは肩幅で大人たちの緩やかな壁を作り、荷車や転びそうな老人を支えた。
ユリオンは後方で町内の道場生をまとめ、市民の列が途切れないよう全体を指揮していた。
一方そのころ、市街地の少し離れた区画では、蒼い髪と鋭い目を持つ若い魔法使いが、全く別の道を歩いていた。
その名前はエルゼ
――数時間前、たまたま模擬戦でユリオンと一戦交えていた、その相手だった。
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「避難の方角はこちら!」
ユリオンたちが小さな集会所に市民を誘導し終えた時、ふいに通りの奥から鋭く空気を切る気配を感じた。
その主は、さきほど模擬戦をしたばかりの
エルゼだった。
「……君は、昼に会った……?」
エルゼも驚いて小さく目を見開き、すぐに周囲を見渡して状況を把握する。
「君か。まさかこんな所で会うとは。
君たち、避難誘導を?」
「ああ。道場の仲間が先に動き出てて。
君は?」
「近くで様子を見ていただけ。民間人の移動、ひどい混乱だな。」
「..,..多少の魔法が使える――手伝うよ。」
ユリオンは頷き
「ありがとう、頼りにさせてもらう!」
四人は即座に小さな班を組み、避難路の
交差点ごとに誘導と警戒を分担した。
エルゼは短い呪文で隅の魔よけの障壁を設置し、リサは負傷者の小さな手を包み、
カイラスは群衆の先頭をどっしり守る。
その間にも、王都北方の防壁に張り付く
宮廷魔術師たちから、再び光柱が天を突く。
避難民の誘導が一段落した今、王都の内側は一時の静けさを取り戻しつつあった。
しかし、その沈黙は安息ではなく、
嵐を避けるための凪だった。
ユリオンが低くつぶやく。「このままじゃ
終わらないな。外――壁の向こうで、何かが蠢いてる気がする」
リサが不安げに言う。「ヤケにならないでよ、今出ていくのは……危険すぎる」
しかしその時、エルゼが視線を外壁の上に向けて口を開いた。「……魔力の流れが急に変わった。壁の向こう側、
本格的に動き始めたね」
剣士たちの間に一瞬重い沈黙が落ちた。
――だが、ここに留まる理由がもう残されていないことも、皆は分かっていた。
「分かった。少しでも進軍を止めなきゃ意味がない」
ユリオンは決然とした瞳で言った。
「俺は外に出る。待っていても何も
変わらない。みんなは……どうする?」
「冗談言うな、置いていくな」
カイラスが口元を引き締めた。
「前に進もう。少しだけ勇気を出して」
リサも自らの不安に打ち勝つように呟く。
「君たち、、」
エルゼはわずかに微笑み、杖を握り直す。
「一緒に行こう。」
四人は外壁に続く小門へ駆けた。控えめな扉の向こう、月に照らされた石畳の外縁。
そこには――
彼らの想像を超える光景が広がっていた。
広大な原野の上、無数の魔力が星のように瞬いていた。
紫や蒼、金や赤――色とりどりのローブや衣、市街の至る所から召集されたらしい
魔法使い達が列をなし、魔法陣を描いたり、呪文を準備している。
「こんなに……王都に、これだけの魔法使いが潜んでたのか?」ユリオンが驚嘆を
禁じえない。
リサが恐る恐る聞く。「あの規模じゃ……
普通の避難民どころじゃないわ」
しかし、誰もが感じていた。
この場の全員が、ただ魔物に打ち勝つため、必死に力をかき集めている――その緊迫した共闘の空気だった。
やがて、広場の最奥、宮廷魔術師が姿を
現した。
周囲の魔法使い達が思わず動きを止め、頭を垂れる。
その中心には、王都第一席――
ジーク・ラグナスがいた。
その出で立ちだけで、空気が一変する。
「王都の民よ、列を正し、ここに護りを
集約せよ。蒼き結界の下、この地を絶対に
越えさせはしない」
その重々しい声明が静かに、だが確かに大地へ響く。
目の前の一般魔法使いや自警団員たちは即座に応じ、 次々と魔法陣を展開し始めていた
無数の光が交差し、新たな巨大結界が生まれ始める。
エルゼは目を見張った。「……本物だ。
これが、王都が幾度も災厄を退けてきた
力か」
リサが感極まったように小声で呟く。「守られてるって、こういうことなんだ……」
ユリオン「俺たちも、この場所でできることをやろうか」
高鳴る魔力とともに、王都の闇が一段と色濃く引き締まる。
だがその中心には、希望の光が確かに灯っていた。
周囲に集う仲間と、宮廷魔術師――
その堂々たる登場に、その場の空気が変わる。
新たなる決戦を前にして、王都の夜は静かに、しかし確実に動き始めた。
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遅くなってすみませんでした
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