第4話 剣術というもの
模擬戦の興奮と悔しさがようやく胸の奥に沈みきらぬまま、ユリオンは王都の細い路地を歩いた。肩にはまだ水の魔力が残るような冷たい感覚があり、剣の柄を握った手だけが熱を持っている。
「……剣で魔法は斬れない」
心に刻まれた実感と、どこか消えない反発が、カイラスと共に足を道場へと向かわせていた
古びた木札がかかる“カイラス道場”に着くと、稽古場には一人の少女がいた。髪を
結んだた黒髪、静かな瞳。黙々と剣を振るう姿に、ユリオンは「こんにちは」と声を
かけた。
少女はピタリと動きを止め、こちらを一瞥する。「……あなたが、ユリオン?」
「そう、です」 「私はリサ。この道場じゃ新入りみたいなもんだよ。でも、剣のことなら――」 リサは竹刀の先を無言のまま構えてみせる。
「二人とも揃ったか」 奥の棚からカイラスが現れると、ふっと穏やかな笑みを送る。「リサは最近通い始めた。剣だけじゃなく、何かを守りたいって思ってるらしい」
「……よろしく」
ユリオンが頭を下げると、リサはほんの
少し頬を緩め、すぐに真顔に戻った。
その時だった。開け放たれた窓の外から、何人かの魔法使いたちの声が聞こえてくる。
「ねぇ、ここほんとに誰か通ってるの?」「見て見て、まだやってるよ、
“剣士ごっこ”。」 「この間の模擬戦も見たけど、結局魔法には敵わないでしょう?」
「剣なんて飾りだよ、
時代遅れもいいとこ!」
薄い笑い声に、リサのまなじりがきりっと
上がる。 カイラスは苦い顔で腕を組むと、小声で呟いた。「気にするな、ユリオン。アイツらは剣が何もできないと思ってる。でも、
続ける理由があるなら、何と言われても
いい」
ユリオンは窓の外をちらと見た。魔法使いたちはこちらの様子を面白そうに見ていた。
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王都の中央にそびえる大理石の塔。その最上階、重厚な扉をくぐった先には、魔法文様で飾られた静謐な会議室があった。
窓の外には、遠く王都の街並みと、その外れに広がる城壁――そして、そのさらに向こう、黒くたなびく魔物の群れがかすかに見て取れる。
円卓の奥、褐色の絨毯に沈む王座には、王冠を戴く男――アゼルバルト三世。
静かに指を鳴らす。
「……報告を」
会議卓を囲むのは宮廷魔術師たち。
その列の中央で、長身の青年が淡々と現状を述べた。
赤髪に灰色の瞳――
第一位、ジーク・ラグナス。
宮廷魔術師筆頭、火/水の魔術師であり、
七席の頂点に立つ。
「本日未明、北方の森で大規模な魔物の集結を確認。王都防衛線への接近は、時間の問題です」
隣で、紫紺のローブを纏った初老の女性――第二位、シルフィア・ヴェルク――が静かに眉をひそめる。
「……今朝の観測で、従来の群れとは比べ物にならない数だと?」
ジークが頷く。
白銀の巻き毛の青年、
第三位のフィノ・カーレスは窓の外の黒雲を睨みながら、
「群の一部が既に外郭の砦を通過。進軍速度も速い。誰かが意図的に誘導してる可能性もあります」
その隣、金糸の髪を持つ
第四位、リュシア・ゼルファが静かに
手を挙げる。
「幻視によれば、魔物の背後に“術的干渉”の痕跡あり。王都に向け、力を集めていると見るべきです」
「市民の避難は?」と
第五位、ルドル・シュタインが確認する。
艶やかな蒼の瞳、
第六位のティーナ・クレストが声を潜めるように呟く。
「治癒班と殲滅部隊をすぐに動かします。……けれど、数が多すぎる」
最後、巨躯の男――第七位、ガルド・ヴァイロンが拳を握りしめた。
「防壁構築の許可を、陛下」
王、アゼルバルト三世は遠い街の影に目を伏せる。
「……七席すべての権限を解放する。王都を守れ――」
静かな命令とともに、宮廷魔術師たちは
それぞれの役目へと動き出した。
そのとき会議室の窓に、ひたと黒い煙と魔物のうねりが映っていた。
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