第3話 届かぬ刃

森の道を抜け、王都への広い街道に踏み出す。

朝の風が涼しく、ユリオンは肩にかけた荷物を持ち直した。 隣を歩くカイラスが、

穏やかな目で彼を見つめる。 

「ユリオン、世界のこと……どのくらい知っている?」

 ふいにカイラスがそんな問いを投げた。

 ユリオンは一瞬考えてから、少し恥ずかしそうに首を振った。

「正直あんまり……剣の稽古ばかりで、村の外のことは、ほとんど……」

カイラスは苦笑しつつ、前を向いて

歩きながら語りだす。

「まあ、真面目に剣を振っていれば、他の話は疎かにもなるか……。じゃあ道中の

暇つぶしに、少し話してやろう」

王都は、この国最大の街で、いくつもの塔と高い城壁に囲まれている。

「王都には王族が暮らしていて、各地から集まった騎士や商人、職人、そして……魔術師がいるんだ」

「魔術師か……」

カイラスは頷き、「宮廷魔術師」と呼ばれる者たちの話を続ける。

「宮廷魔術師は選ばれた才能だけがなれる。国を守る重要な役目を持ち、式典や戦の

最前線でも活躍してる。ただし魔法の力にも

秘密があってな……」

 ユリオンは食い入るように耳を傾ける

「そもそも、この世界に生きる者は生物なら誰でも“魔力”という力を持ってる。

だが、それを自在に引き出して使えるわけ

ではない

そして、魔法というのは、魔法陣を出して

“魔力”を外に解放する術だ。魔法陣を同時に出せる数は人それぞれで、魔法陣を出してから攻撃する時間は鍛錬によるものなんだが..,..

ああ、あと魔法には“魔法の杖”が絶対に

必要だ」 

ユリオンが目を丸くする。

「杖が……?」

「そうだ。杖がなければ、どんなに魔術の才があっても魔法は使えん。杖は魔力の

通り道で、力を正確に操るための器。

逆に言えば、杖さえなければ、宮廷魔術師でもただの人だ」

カイラスはそこで立ち止まり、ユリオンに真剣な表情で続ける。

「だから、武人が剣を抜き、魔術師は杖を持つ。両方を一度に扱う者などいない。“杖を持つ手”では剣は握れん。だから剣術と魔法は、完全に別の道なんだ」

「まあ、もっとも剣を使ってる人間なんて、ほとんどいないんだけどな」

ユリオンは魔法も知ろうとしてこなかった――ただ剣の道だけを信じてきたのだ。

 カイラスはそんなユリオンの横顔を眺め、優しく笑んだ。

「まあ……まずは王都の景色を、その目で確かめてみな。剣士にも、魔法使いにも、まだ知らない世界が広がってるさ」

 道の向こうに、王都の白い塔がかすかに見え始めていた。


王都の門が、目の前に巨大な影を

落としていた。高くそびえる白い壁、

重厚な鉄の門扉。その向こうに、未知の世界が広がっている。

「着いたな、ユリオン。王都だ」

カイラスが言う。ユリオンは思わず息を

呑んだ。

門を抜けた瞬間、世界は一変した。

石畳の広場に噴水。その水は、魔法の力で宙を舞い、虹のアーチを描いていた。街角では商人が小さな火の玉を手のひらに灯し、店舗の看板は光と色の魔法で賑やかに踊る。

橋を渡る馬車の車輪は、魔法で音もなく宙に滑って進んでいた。

ユリオンは思わずカイラスに尋ねる。

「……これが、王都?」

「魔法の都ってやつさ。何もかもが、魔法で成り立っている」

カイラスの声もどこか自慢げだった。


程なく、広場の片隅に小さな「模擬戦場」

があるのが目に入った。大勢の観客はおらず、数人の見物人だけがいた

蒼の服を着た青年が模擬戦場にひとり、杖を手に立っている。

「あれは?」ユリオンがそう問うと

「あれは模擬戦場だな。

まあ今はほとんど人がいないみたいだが」

「どうする?」ユリオンが問うと、カイラスは真剣な顔で言った。

「戦ってみろ。あの者から、魔術師の強さを学んで来い」

 そう言って、腰の剣を外す。「これを持っていけ。王都で初めて抜く剣だ」

ユリオンは頷き、剣を手に模擬戦場に向かった。

相手の名はエルゼ・クレスト。涼やかな水色の髪、落ち着いた目差し。杖の先端には淡く輝く宝石がついていた。

見物人が審判をして、説明が入る。

「ルールは簡単。一撃を当てた方が勝ちだ。結界魔法を付与しているから攻撃が当たっても多少大丈夫だ。じゃあ距離を保って。」

「位置について――」

ユリオンが構えた瞬間、審判が響く声で叫ぶ。

       「はじめ!」


エルゼは無言のまま、杖を振った。空間に青い魔法陣が二つ浮かぶ。円の中に複雑な紋様が煌めく。 

その魔法陣から、刃のような水流が音もなく複数飛んできた。

ユリオンは寸前で剣を振るい、水の魔弾を

弾く。

だが水は思った以上に重く、剣が痺れた。

「……なるほど」

エルゼは表情ひとつ変えず、魔法陣を出す。

水が今度は小さいボール状になり

ばら撒くように迫ってきた。

ユリオンはなんとか体をひねって攻撃をかわしたが、ボールが破裂し、そこから矢の形になり包み込むように攻撃!。だが剣で捌き、

ユリオンは空中に飛んだ、空から剣を投げ出すように降下する

がもう一つの魔法陣から、水のビームが

複数飛んで来る。それを空中でなんとか

受け切ったが飛ばされてしまった。

攻め込む隙は少しも生まれない。

(……魔法陣は二つか? 彼は、同時に二つ操れる?)

そう思い始めた時、エルゼが一歩後退し、再び魔法陣を出す素振り。

 ——しかし、三つ目は現れない。

(……二つが限界。でも、油断はできない)

じわじわ距離を詰めるユリオン。エルゼは

魔法陣を左右に展開する。

「——こいつの水魔法は、直線しか動かない。なら……!」

魔法陣をギリギリまでこっち向きに

引き寄せる。魔法が発動された次の瞬間、

水の細いビームが、乱射された

 「かわす!」

斜め横へ飛ぶと、水のビームがすれすれで前髪をかすめていく。

魔法陣が消えない間に

ユリオンは迷わず前へ!

剣を構えたその瞬間——その瞬間、

エルゼが呟く。

「僕の魔法陣は、三つですよ」

ユリオンのすぐ右手に、いままで見えな

かった三つ目の魔法陣が出現する。

 「——!」

だが、ユリオンは笑みが溢れていた

反射的に横に飛んだが、身体を

エルゼに対し後ろ向きで着地する体勢

——その瞬間を

エルゼは見逃さなかった。

水のアクア•ランサーが、

放たれる。

——しかし、ユリオンは、足がついたと同時に、体を少し捻り、後ろに飛ぶように斬撃を繰り出した。

風断流ふうだんりゅう 逆風斬華ぎゃくふうざんか

エルゼの目が珍しく驚きに染まった

だが体の数ミリのところで剣は届かず、空を

切った

そして、水の槍がユリオンの体に当たった。

審判が声を張る。「ここまで!」

ユリオンは倒れこみ、膝をつく。

周囲の小さな拍手。

(風断流は、ユリオンが独自に編み出した流派

─風の流れを読むことを極め、あらゆる一挙手一投足を風と同調させる剣術。無駄な力や無理な動きを排し、最小限の力で最大限の速度と変則的な間合いを生み出す。)

エルゼは杖を下げ、静かに告げる。

「よく見切りました。でも、魔法陣を隠しておくのも、戦いのうちです」

魔法に――いや、魔法陣の策略と、その速度に敗れていた。

   (絶対当たると思ったんだけどな)

ユリオンは肩に手を当て、静かに息を整える。

模擬戦は終わった。観客もまばらな広場で、ただ少しの歓声と、淡い水の残り香が漂っている。

勝者、エルゼ・クレストは淡々と礼を述べ、静かに去っていった。

 ユリオンは剣を見下ろす。魔法は切れない――それが、今の自分の限界だったのだ。

「魔法は、やっぱり……強いなぁ」

カイラスがそばに立ち、短く言う。

「だが、お前の剣も、無駄じゃなかったぞ」

そんな慰めに、かすかに口元を吊り上げる。

まだ王都の空は明るく、空にはいくつもの魔法の灯りが踊っていた。

ユリオンの眼差しは、その奥、いつか届く

はずの剣の輝きをただ静かに見つめていた。

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