第2話 白さ

ある日、

スミは見つけた

餌台の鳥たちの中に


茶色のスズメたちに混じって

1羽の白い小鳥を


スズメの群れの後についてくる、白い小鳥


なんて美しいんだろう


スミは見惚れた


群れが、ちらちらと白いのを横目に見つつ

餌をつつき

白いのは餌台のへりでじっと、仲間が食べ終えるのを待つ


ねぇ、白いきれいな子

きみはだぁれ?


もっとよく見たくて

スミは尻尾をぴこぴこ揺らし、

網戸に前足をかけて伸び上がる

カッカッカッと鳴きながら


急に立ち上がったスミを見て、

ネコ!ネコが動いた!こっちへ来るかも!

小鳥は、ばばばっと一斉に飛び立つ


白い子だけがぽつんと残っている


空を見上げたり周りをきょろきょろしながら

餌を拾い

そっと盥に入って、羽を数度、震わせる


そうしてその白い子は

窓の庇の下に飛んできて

濡れた羽を整える


スミの真ん前で


スミは驚く

初めてだ

白いスズメなんて見るのは

初めてだ

小鳥をこんなにも間近で見るのは


「ねぇ、きみ、どうして逃げないの?」

興奮して声をあげるスミ

カッカッカッ!

ボクを見ても逃げないスズメさん

真っ白くて素敵なスズメさん

お友達になりたい!

カッカッカッ!!


白いスズメは

網戸の向こうからじっとスミを見る


「貴方は人間に飼われる猫だ

 この網の向こうにいる限り、

 貴方は私の脅威ではない

 それよりもこの窓辺は

 庇で雨露をしのげる

 柵の陰に身を隠せる

 そして猫の貴方もいる

 他の鳥も来ない

 私にとって、安全な場だ」


白いスズメは

窓辺のスミをよく知っていた

いつも見ていたから


あの黒い猫は

日のある間、

あの窓辺にいる


それも、小さな巣に座っているだけで

網戸の此方側へは来ない


夜は部屋の奥の大きな巣、おそらくねぐらにいて

窓辺には居ない


猫がいるから

他の鳥も寄り付かない


あの窓辺は

白く目立つ私にとって

悪くない、むしろ憩いの場になりそうだ



前々から気になっていた穴場に、

猫のいる窓辺に

思い切って、白いスズメはやってきた


水浴びのあとの羽繕い

餌台で無防備に身を晒すより

良いかもしれない


猫が、

獲物を見つけた時の声で騒ぎ出すけれど


この網戸を越えては来まい

もっとも過信は禁物だがね、と白いスズメは思う


「ねぇきみ、真っ白いけどスズメさんだよね?

 お名前は?ボクはスミ!」


……この猫は網戸を越えては来ないけれど、

まさか、鳥にこんなにも話しかけてくるとは


白いスズメは、少し驚いた

黒い猫は、目をきらきらさせて見つめてくる


名前。

飼われた鳥たちには、動物たちには、名があると知っているけれど

自分たちは、何処其処に棲む何々であって

一羽一羽の名などないのに

何を問うのか、この猫は


「野生の鳥に名前なんてない

 まして変わり者の白い雀に、

 名などないよ」


答えてやれば、スミという黒い猫はますます目を丸くした


「じゃあさ、あのさ、

 真っ白でちっちゃくておコメみたいだから

 オコメって呼んでいい?」


名があるのが当たり前

呼び合うのが当たり前

親兄弟でも番でも群の一員でもない者同士で

名を呼ぶ世界が

網戸の向こうにはあるのだ


「あなた、猫だろう。

 たべものに名前をつけてどうする」


呆れる白いスズメにスミは仰天する


「ボクは猫だよ?

 スズメさんは食べものじゃないよ!?

 だってご飯は、飼い主さんがくれるもん!」


網戸に鼻をくっつけて、スミは少しでも近くでオコメを見ようとする


白いスズメのオコメは、一歩下がって訊く


「でも、あなたは私を見て気が昂っていただろう?

 獲って喰いたいのだろうが」


「違うよ!?

 ……スズメさんちっさくてふわふわで、

 触ってみたいけど、

 食べるなんてそんな怖いこと、

 僕できないよ、猫だもの」


スミの言葉に白いスズメはじっと考える


狩りを全く知らぬ個体か

“猫”を知らぬ猫か

……小鳥に触れたいという欲求の、

その衝動の意味するところの

結びつく先を未だ知らぬ、無垢のもの

網戸の向こうにいる、なんと美しいもの



オコメという名のついた白いスズメは

網戸の向こうの猫を見つめる


艶の良い黒い毛並み

ふっくらと肉付きのいい若々しい体躯

人の手の入っていることを示す欠けた耳先


網戸の向こうにいる限り、私が恐れる必要のない他者

違う世界に生きるものだ

その生き方は決して交わらない


スミの目の前で、オコメはゆっくりと羽繕いをした


そして、羽根を整え終えて飛び立つ背を

「オコメ!待ってよぉ」

愛らしい猫の声が追いかけた



飛びながらオコメは優しく囀る


あぁ、何も恐れを知らぬ いきもの

ずっとずっと、そこで守られておいで

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