時記十絆
第1章 静かな夜
戦いの余韻が残る夜、日本の家には優しい灯りがともっていた。障子越しに漏れる光は温かく、縁側には虫の声が響き、室内には穏やかな空気が流れていた。
フランスは腕に包帯を巻きながらも鼻歌を口ずさみ、いつものように料理を振る舞っている。
「ほらほら、傷なんて大したことないさ。僕は芸術家であり料理人、多少の痛みなんてスパイスみたいなもんだよ」
イタリアは大皿に山盛りの料理を前にして、目を輝かせながらフォークを握っていた。
「わぁぁ!パスタ!ピッツァ!すごい量だ!お腹が幸せすぎて涙出そう!」
ドイツはそんなイタリアを横目でにらみつけ、背筋を正して言う。
「馬鹿者!食べすぎは体に毒だ。規律を守れ、規律を!」
「えぇ〜!いいじゃん!まだ戦いも終わってないんだから、今くらい食べさせてよ!」とイタリアは頬をふくらませて抗議する。
日本はそんなやり取りを静かに眺めながら、箸をゆっくりと動かした。
「……こうして皆さんが笑って食卓を囲んでいるのを見ると、心から安堵します。フランスさん、料理をありがとうございます。ドイツさん、イタリアさん……無事で本当に良かった」
その声音は、普段以上に柔らかかった。
その横で十六夜さんは、箸を持ったまま動きを止めていた。視線は遠く、まるで別の世界を見つめているかのようだった。
絆川がすぐに気づいて声をかけた。
「おい、十六夜。どうした?ぼーっとして、飯冷めちまうぞ」
七歌も心配そうに身を乗り出す。
「具合悪いの?顔色、ちょっと青いよ」
十六夜は小さく首を振り、唇を噛みしめて答える。
「……ううん、大丈夫。ただ、さっきの戦いのことを考えてたの」
フランスが肩をすくめて冗談を言う。
「おっと、まさか恋でも思い出した?戦場で愛に目覚めた少女なんて、ロマンチックじゃないか」
「ち、違うから!」と十六夜は慌てて否定し、場が少し和やかに笑いに包まれた。
しかしその目の奥には、確かな不安と戸惑いが隠れていた。
第2章 十六夜の世界
夜が更け、食事を終えた後も、十六夜さんは胸の奥に残る違和感を振り払えずにいた。
戦いの中で発動した“世界”――あの静寂。
誰一人動けない時間。
止まった空気。
ただ自分だけが歩き、呼吸し、存在している感覚。
十六夜さんは布団の上に座り込み、小さくつぶやいた。
「……どうして、私が……時を止められるの?」
その瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
目を押さえると、断片的な映像が脳裏をよぎる。
見知らぬ街並み。
聞き覚えのない声。
だがそれは幻ではなく、確かに自分に関わりのある“過去”だった。
絆川が障子を開け、心配そうに覗き込む。
「十六夜、大丈夫か?なんか今、すごい顔してたぞ」
十六夜は深呼吸を繰り返し、震える声で答えた。
「……うん、大丈夫。でもね……少しだけ、思い出した気がするの」
七歌が隣に座り、真剣な眼差しで尋ねる。
「思い出したって、何を?」
十六夜は唇を震わせ、握り締めた拳を見つめる。
「……私が、この力を持ってる理由を」
第3章 記憶の影
脳裏に浮かんだのは、幼い自分の姿だった。
小さな体で、真っ暗な部屋に立っている。
誰かがその前に立ち、低く囁いていた。
「お前は“時間”を選ばれた器だ。決して忘れるな。お前の歩む道は孤独だが、必ず意味を持つ」
その声はぼやけていたが、不思議なほど胸に響き、心に焼き付いて離れない。
十六夜は両手を胸に当て、震える声でつぶやいた。
「……私、選ばれた……器?」
七歌が眉をひそめる。
「そんなの、誰が言ったんだ?記憶に残ってないのか?」
「顔も、名前も……思い出せない。でも……確かに私にそう言った人がいたの」
絆川は腕を組んで黙り込み、やがてため息をついた。
「……つまり、その時の言葉が今につながってるってわけか。なら、これから思い出すことも増えるかもな」
日本は静かに頷きながら言った。
「十六夜さん、焦らなくても良いのです。記憶は必ず繋がります。……そして、たとえその記憶がどんなものであっても、私たちはあなたを見捨てたりはしません」
その言葉に、十六夜の瞳が揺れ、胸の奥に温かな火が灯った。
第4章 財団王の叱責
一方その頃――財団の拠点。
広大な石造りの広間で、ナポレオンとビスマルクは片膝をついて跪いていた。
その前に立つのは財団王・大和美琴。
冷ややかな瞳で二人を見下ろし、鋭い声を響かせた。
「……十六夜を捕らえるどころか、力を発現させただと?」
沈黙が広がる。二人は答えられない。
次の瞬間、美琴の指先がわずかに振るわれた。
目に見えぬ圧力が広間を支配し、二人の体を押し潰す。
ナポレオンは床に叩きつけられ、血を吐きながらも歯を食いしばる。
「ぐっ……!」
ビスマルクは苦悶の表情を浮かべつつ、悔しげに唇を噛んだ。
「……言い訳は……しません……」
美琴は冷たく言い放った。
「次はない。お前たちの命で償わせるつもりはない。――だが、少女を必ず連れて来い。それが出来なければ……存在ごと消し去るまでだ」
二人は声を出さずに頷くしかなかった。
第5章 夜明けの誓い
日本の家。
夜が更け、皆が布団に入り静かな寝息を立てていた。
だが十六夜さんだけは眠れず、縁側に座って夜空を見上げていた。
月光に照らされ、彼女の横顔はどこか大人びて見えた。
「……私の中に眠る“世界”。それが何なのか……いつか必ず確かめたい」
その声は小さかったが、強い決意がにじんでいた。
障子の陰から日本が姿を現し、隣に腰を下ろす。
「十六夜さん……眠れないのですか?」
十六夜は少し驚き、笑ってごまかした。
「……日本さんこそ。こんな時間に」
日本は夜空を見上げ、静かに答えた。
「ええ。……あなたの姿が見えたので」
十六夜は視線を落とし、小さく息を吐く。
「日本さん……もし、私がもっと恐ろしい存在だったら……もし、みんなを傷つける存在だったら……どうしますか?」
日本は即答した。
「守ります。たとえ十六夜さんがどのような存在であろうとも。……あなたは仲間であり、大切な人ですから」
十六夜の瞳に、熱い涙が浮かんだ。
「……ありがとう……」
庭に吹く風が、二人の間を優しく撫でていった。
やがて東の空がわずかに白み始め、夜は静かに明けていった。
ポーランドボール 絆川 熙瀾(赤と青の絆と未来を作る意味) @xyz78
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