影過十二

第1章 日本の家の賑わい

日本の家は、朝から多くの国々で賑わっていた。

広々とした和室の中で、それぞれが思い思いに過ごしている。

フランスは優雅に椅子に腰掛け、繊細なグラスを持ち、ゆったりと赤ワインを嗜んでいた。

「やはり、こうして朝からでもワインを口にすると心が落ち着く。香りは熟成した果実のように甘美で、舌の上で踊る渋みが心を満たす。だが……この場に合うチーズがないのは惜しいな。ねぇ、日本、次は是非ブルーチーズを添えてくれないか」

イタリアはパスタの皿を手にし、フォークを器用に回しながら談笑していた。

「ボーノ! やっぱりパスタは最高だね! みんな、食べてみてよ! アルデンテの茹で加減、トマトソースの甘みと酸味、バジルの香り……もう、これ以上に幸せなものはないよ。あぁ、でもピザも欲しいな。せっかくだから窯をここに作ろうよ!」

ドイツは背筋を伸ばし、黙々と本を読み進めていた。

「……なるほど、この戦術理論には矛盾がある。だが補給線を考慮すれば有効か……」

淡々と呟きながらページをめくり、周囲の騒がしさを意に介さない。

中国は湯気の立つ茶器を扱いながら、おっとりとした声で言った。

「お茶は心を整えるアルよ。飲めば落ち着き、香りを嗅げば邪念が消える。ほら、そこのロシアも飲むといいネ。寒さの国で育った君にこそ、熱いお茶の温もりは沁みるはずアル」

モンゴルは豪快に肉を焼いていた。

「肉は力だ! 焼きたてを頬張れば血が熱くなる。香ばしい匂い、脂が滴る音、この迫力……これぞ我らの誇りだ!」

窓辺ではロシアが腕を組み、静かに外を眺めていた。

低い声で時折、呟く。

「……空が重い。風が冷たい。次に訪れる嵐は……きっと、ここに来る」

その騒がしさの中で、日本が控えめに口を開いた。

「すみません。実は食材が足りないのです。どなたか、買い物をお願いできませんか」

「俺が行くよ」

絆川は即答し、立ち上がった。

十六夜は少し不安げに顔を上げたが、絆川と目が合うと小さく頷いた。

「……行く。私も……一緒に」


二人は日本から手渡された買い物リストを受け取り、家を出て街へと向かった。

第2章 襲撃

市場は活気に溢れていた。

人々の呼び声、香ばしい食べ物の匂い、色鮮やかな野菜や果物が並び、穏やかで賑やかな光景が広がっていた。

絆川が大根や人参を手に取り、値段を見て吟味する。

「よし、これで十分だな。あとは米と――」

十六夜は袋を抱え、少しぎこちない手つきで商品を入れていく。

「これ……重くないですか? 私……ちゃんと持ててますか?」

「大丈夫だよ。お前が持ってくれて助かってる」

絆川が笑顔を見せると、十六夜は少し安心したように微笑んだ。

しかしその瞬間、市場の空気が凍りついた。

鋭く冷たい声が響き、人々のざわめきが途切れる。

「――我が名はニコライ二世。財団を継ぐ者だ」

人々が一斉にざわめき、自然と道が開いた。

軍服に身を包んだ男が、重々しい足取りで前に進み出る。

その瞳は鋭く、まっすぐ十六夜を見据えていた。

「その少女を渡してもらおう。彼女は我らが求める鍵。お前たちが守ろうと無駄に足掻いても、結末は一つしかない」

絆川は即座に前へ出て、十六夜を庇った。

「渡すわけねぇだろ! こいつは俺たちが守る!」

十六夜は震えながら、絆川の背に隠れ、必死に声を絞り出した。

「……いや……いや……連れていかないで……」

ニコライの口元が歪み、冷ややかな笑みを浮かべた。

「ならば――力づくで奪うまでだ」


第3章 絆川 vs ニコライ

刹那、鋼の剣戟が市場の喧騒を切り裂いた。

剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。

絆川は必死に立ち向かう。

「くっ……!」

剣を振り下ろすが、その一撃はあっさりと受け止められる。

ニコライは余裕の笑みを浮かべ、冷ややかに言った。

「弱い。所詮は人の子か。守ろうと足掻いても、貴様の力では少女を守り切れぬ」

十六夜は声を上げられず、震える手で風を呼び起こそうとする。

だが、圧倒的な威圧感に押され、足が竦んでしまった。

「……動けない……私……どうして……」

絆川は胸を打たれ、地面に倒れ込む。

視界が滲み、意識が遠ざかる。

「……十六夜……逃げろ……ここは……俺が……」


第4章 冥川の覚醒

その時だった。

倒れた絆川の体から、黒い影が溢れ出した。

影はやがて人の形を成し、深淵の瞳を持つもう一人の存在が立ち上がった。

「――冥川」

ニコライが目を細め、警戒する。

「何者だ。新手か……」

冥川は低く響く声で応えた。

「俺は絆川の闇。お前のような亡霊を葬る者だ」

その手に黒き鎖が現れる。

「魂解――無限の連鎖!」

鎖が無数に分かれ、ニコライの体を縛り上げた。

「ぐっ……ぬぅ……!」

逃れようと力を振るうが、鎖は食い込み、抜け出すことができない。

さらに冥川は剣を掲げ、漆黒の霧を纏わせる。

「魂解――影滅ノ幽葬!」

空間が暗転し、無数の影がニコライに襲いかかった。

轟音とともに光が砕け、ニコライは吹き飛ばされる。

「……ぐっ……覚えておけ……この屈辱……必ず返す……!」

ニコライは憎悪を残し、影の中へと消えた。


第5章 家の争い

その頃、日本の家では、別の火種が生まれていた。

岐阜、大阪、静岡、山梨――四人の地方が激しく言い争っていた。

「お前らの食材が安い? 冗談じゃねぇ! こっちの方が質がいいんだ!」

「いや、うちの名物こそが全国に誇れる味だ!」

「値段じゃねぇ、伝統だろ!」

「何を言う! 人気なら負けてない!」

言い合いは次第にエスカレートし、小競り合いとなり、ついには拳と力が飛び交った。

フランスは肩をすくめ、ワインを傾けながら苦笑した。

「まったく……食材の話でここまで争えるなんて、君たちの情熱には恐れ入るよ」

イタリアは慌てて両手を広げ、止めに入る。

「やめろってば! 食べ物のことで喧嘩するなんて、もったいないよ! 一緒に作って、一緒に食べようよ!」

ドイツは険しい顔で事態を見守っていた。

「このままでは混乱が広がる……誰かが止めねばならん」

その最中、日本は静かに目を伏せ、低く呟いた。

「……また嵐が来るのかもしれません」

外では、冥川が十六夜を背に守り立っていた。

その瞳はまだ闇を宿したまま、次なる戦いの訪れを予兆していた。

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