闇星覇道

第1章 闇の儀式

夜空は、墨を垂らしたように沈み込み、月は雲に閉ざされてその存在すら感じさせない。星の瞬きもなく、ただ遠雷の低い唸りだけが、この世界にまだ脈動が残っていると告げていた。

湿り気を帯びた空気がまとわりつき、冷気と生温さが奇妙に混ざり合う。息を吸うたび胸の奥に重みがのしかかり、大気そのものがこれからの出来事を恐れて息をひそめているかのようだった。

その中心、崩れ落ちた神殿が闇の中に佇む。折れた柱は地面に斜めに突き刺さり、苔と蔦が壁を覆って古代の紋様を隠していた。だが、床だけは異様に滑らかで、儀式のために磨き上げられた冷たさを保っている。

床の中央に、ひとりの男――冥川が立っていた。

黒衣の裾が微かな風に揺れ、足元には影が濃く集う。表情は仮面のように無機質で、ただ瞳だけが鋭い光を放つ。

両腕を広げると、空気が震え、袖の奥から溢れる冷気が埃を渦に巻き上げた。低く湿った声が呪文を紡ぐ。人の言葉ではなく、古代の神々が封じた禁忌の響き。意味を知らずとも背骨を冷やし、呼吸を忘れさせる力を持つ言霊だった。

呪文に呼応するように石床がひび割れ、そこから黒い霧が立ち昇る。

「──目覚めよ、我が影より生まれし者たちよ。

 我が闇を分け与え、我が剣となれ。」

その声に応じて霧が渦を巻き、四つの影が形を得ていく。

氷刃のような眼光を宿す苦川。

紅の衣を纏い、炎を立ち上らせる紅川。

深海の静けさを全身にまとった蒼川。

漆黒の翼を広げ、獲物を射抜く視線を持つ鳥川。

四人は片膝をつき、胸に手を当て、頭を垂れた。

「冥川様、再びお目覚めになられたこと、心よりお祝い申し上げます。」(苦川)

「我ら、この命すべてをもってお仕えいたします。」(紅川)

「ご命令のままに、我らは動きます。」(蒼川)

「冥川様の敵、すべてを撃ち落としましょう。」(鳥川)

冥川は冷ややかに笑みを浮かべた。

「よい。お前たちの力、確かめさせてもらう。」

第2章 闇の使徒たち

儀式を終えた冥川は、四人を従えて神殿を出た。

足音は廃墟の石を踏むたびに鈍く響き、その音すら闇に吸われていく。瓦礫は時折ひとりでに崩れ、彼らを避けるように道を開けた。

紅川が手を振ると炎が生まれ、瓦礫を瞬時に灰へと変える。蒼川は指先を動かし、水刃で障害を音もなく切り裂く。苦川は影から影へと抜け、空間を無視して進む。鳥川は夜空を翔け、鋭い眼で地上を見下ろす。

「冥川様、先行に敵影が十二。配置は……散開しております。」(鳥川)

「構わん。通り道にあるものは、すべて薙ぎ払え。」(冥川)

命令が下ると同時に、精鋭たちは動いた。炎が走り、水刃が閃き、影が敵を呑み、鳥川が空から矢のごとく降り立つ。抵抗は一瞬で途切れ、地面には焦げ跡と砕けた武器だけが残った。

冥川がかつて一人で戦っても容易ではなかった相手を、彼らは連携で瞬時に壊滅させた。まさに「闇の精鋭」であった。

第3章 遭遇

廃墟を抜けた先に、一つの影が道を塞いでいた。

それは――七歌。

月明かりがない夜でも、その瞳は鋭く光り、ただの通行人ではないことを告げる。風もないのに衣の裾がわずかに揺れ、刀を静かに抜いた。刃は闇を裂き、淡い光を帯びている。

「……お前が冥川か。」(七歌)

「会いたかったか? だが、これはまだ遊びだ。」(冥川)

冥川は挑むように笑みを浮かべ、背後に命じる。

「紅川、行け。そいつの力を見極めろ。」

「御意。」

紅川は一礼し、前に進み出た。

第4章 紅の刃

紅川の両手には炎を纏った双剣が握られていた。刀身の揺らめきが熱気を撒き散らし、周囲の空気を歪ませる。

「燃え尽きろ!」

紅川は地を蹴り、一気に七歌へと迫った。

七歌は一歩も退かず、刀を構え直す。剣と刀がぶつかる瞬間、火花が弾け、爆ぜる音が夜を切り裂いた。炎の衝撃で地面が黒く焦げ、熱風が木々を揺らす。

「やりますね……しかし、私の炎は止まりません!」(紅川)

紅川は双剣を交差させ、炎の渦を巻き起こす。七歌は目を細め、一瞬の隙を狙った。渦の中心、紅川の足運び――そこに乱れが生じる。

「悪いが、止める。」(七歌)

七歌の刀が閃き、双剣の軌道を弾く。紅川の体勢が崩れた瞬間、柄頭が腹を打ち、彼を地面に叩きつけた。

「……お見事……で、ございます……。」(紅川)

第5章 退き際

紅川が膝をついたのを見て、冥川は口元を歪める。

「そこまでだ、紅川。……面白い。七歌、お前はやはり只者ではない。」

七歌は刀を収め、冥川を睨み据えた。

「俺は、お前を止める。その時まで、覚悟しておけ。」

冥川は薄く笑い、背を向ける。

「覚悟なら、とうにできている。また会おう、七歌。」

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